自宅の目の前まで来て、足が竦んだ。
帰り道、どれだけ考えてもいい言葉が見つからない。俺の語彙は少なすぎた。
始まりすらない、最初から終わっていた恋物語。
足音を立てずに、そっと自宅を離れる。
昔もこうして、行くところも帰るところもなくなって蹲った。俺はあの時から何も変わっちゃいない。自分で、幕を引くことも出来ずに、誰かの助けを待っているだけのちっぽけな存在。
大切な家族だった。
なのに、それを俺自身が壊した。もう、家族には戻れない。
好きになってしまったことに気づいた時に、家族ごっこは終わったのだ。
酷い嫉妬でヴァンを傷つけておいて、何もなかったかのようにこのまま黙って側に居ることも許されない。
最後まで親子であり続ける事も、出来そうにない。
気づかなければ幸せだったのに。今こんなにも苦しい。
ごめんね、ナック。
俺はもう、ナックの事を待ってること出来そうにない。
好きだから、親子でいるのがつらいんだ。
親子じゃ、もう、我慢出来ないんだ。
我が儘でごめん。
日が沈む。
ジュノブリッジから見下ろす海は暗く、静かだ。
涙が溢れるのに、吹き付ける風が涙を乾かして滴は頬を伝わない。
「危ないよ」
見下ろしていたら、突然声を掛けられた。振り返ると、見たこともない冒険者風の男がいた。
誰でも、よかったんだと思う。この手を、握ってくれるなら。蹲った俺を、引き上げてくれるなら。
「今泡になりたい気分なの」
「何それ、人魚姫?」
男は笑いながら近づいてきた。
「失恋?」
「そんなものかな」
軽く頷いてみせると、男も笑って言った。
「奇遇だね、俺もたった今振られてきたところ」
はっきりと振られるならどれだけいいだろう。
俺が愛した人は、父親なんだ、なんて言えそうにない。どれだけ願ってもこれは叶わない恋だ。
「ねぇ、振られたもの同士、慰めあわない?とりあえず、そこ危ないからさ」
「いいよ」
軽い気持ちで、返事した。
差し出された手を、取った。
誰かに聞いて欲しかった。
愚かな吟遊詩人の、恋唄を。
この気持ちを、どうやってあなたに届ければいいのだろう。
どんな言葉で伝えたらいいのだろう。
それでも、今度は、ちゃんと幕を下ろさなくてはならない。
好きって伝えることなく、気持ちと共に泡になることを選んだ人魚姫にはならない。
だって、彼女と違って俺には、愛を伝える声も、手段だって残されているのだから。
でも今少しだけ時間をください。
あなたと過ごした思い出を、焼き付ける時間を。
そっと海を振り返り、頬を伝った涙の感触を必死で拭った。
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