柔らかな日差しが頬に当たって目が覚める。
薄汚れたカーテン、見慣れた古い木で作られた窓。
随分と日差しが高いな、と思ったところで、懐かしい声がした。
「随分とお寝坊さんね」
驚いて身体を起こすと、あの頃と変わらないシスターが、変わらない笑顔で俺を見ていた。
なんで、ここは何処だ。
見渡せばベッド脇には懐かしいメープル材のサイドボード。その上には大切にしていたはずの木彫りの偶像。あの日捨てたはずの女神像。それに手を伸ばしかけて、思いとどまった。
そうか、俺は寝坊したのだ。
もっと早くここに来るべきだった。そう思ったら、突然何かが込み上げて、俺は慌てて顔を覆う。
シスターに色々と謝りたいことが沢山あったのに、俺は何一つ言葉に出来ず、込み上げる熱いものを必死で押し殺すことで精一杯だった。俺の様子に気付いたシスターが、黙って俺の頭を撫でてくれる。
彼女は何も聞かない。
いや、きっともう全てを知っているのだろう。俺はごめんなさいすら言えず、ただただ押し殺すことしかできなかった。握られた指が温かい。しっかりと、小さな手が俺の指を握り締めていた。
魂送りの鐘が鳴る。
自分の知っているものと随分と違う。いつだって何処でも、死した人を送るのに欠かせないのは儀式だ。
やはりここは異国の地、あるのは異国の文化。この国で死んだら、この国の儀式で見送られるのか。見送ることも、自分が見送られるのも見ることは叶わないけれど、それはそれでいいと思った。
寺院を見下ろし、固く閉ざされた門扉から視線をそらす。
視線の先にあるのは繋いだ指先。ずっと意識がないのに、そっと触れた指を強く握り替えしてきたのだ。振り払うことなど出来るはずもなく、今はただこうやって、まるで約束のように指を繋ぐ。
閉じた目は開かない。
あの色を、自分を映すあの瞳を、思い出そうとしては色が滲んでは消えていく。このまま忘れてしまうのだろうか、色んなものに埋もれて消えてしまうのだろうか。そう思ったら青白い肌の色すら滲んで霞んだ。
目を覚ませよ、と悪態をついて誤魔化しても頬を伝った涙は抑えることが出来ない。
無意識に求められる、しっかりと握り締められた指だけが全てだった。こうやってずっと、求められていたのかもしれない、だなんて思う程に。
名前を呼ぶ。
ベッドの近くに椅子をたぐり寄せ、そこに腰掛けた。
今度は、しっかりと。
自分から、俺からその指を握り返した。
強く。ただ、強く。
祈るように握った手を包み込み、額に押しつけた。
赦しを────
「赦して」
縛り付けて、動けなくして、逃げられないようにして。
ずっとそうやってあの場所へ置いてきたのだ。
逃げたのは俺。
あの場所に囚われていたのは、俺じゃあなかった。
「────…レヴィオ」
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