おとなしくついてくるカデンツァの手を引いてタブナジア地下壕に向かい、宿をとった。これほどしっかり握っているのに、震える指先は俺の手を握り返さない。
離すまいと必死であの男の手に縋り付いたカデンツァ。その行為は無意識にも見えた。断片的な情報と目に入っただけの状況、俺は勘違いをしているのか、それすらも分からない。彼から無理矢理に引き剥がした俺は、カデンツァにとってどう映ったのだろうか。
あまりいい噂のない男たちとジャグナーに向かった。そう聞いて大丈夫か、と送ったメッセージに返答はなく、痺れを切らして入れたテルは別の誰かの声を俺に届け、すぐに切られた。
聞きたいのに、聞けない。
もう一度、しっかりと手を握る。
カデンツァの小さな手、細い指。全身で俺を拒絶しているのに、それでも彼はついてくる。
部屋に入ると風呂場に押し込んで、服のまま熱いシャワーを頭から浴びせた。
カデンツァは何も言わない。俺も何も聞かない。会話はない。
全ては予定調和だ。結末まで容易く予想出来るのに、やめられない。それは衝動にも似ている。だけど、これがカデンツァにとっても、俺にとっても、先へ進むための一歩だと信じたい。
何が、と言われると困るけれど。
都合のいい勝手な解釈だと言われるのは覚悟の上で。
なぁ、そうやって全てを飲み込んで黙って泣くのは、もうやめてくれ。
一枚ずつ丁寧に脱がしていくカデンツァの服。鎧と言うには頼りなさ過ぎる装束を浴室の床にばらまいて、その小さな身体を抱きしめた。
言葉はない。
だけど、耳元で小さくすすり泣く声が聞こえた。
「俺はお前の助けになりたいんだ」
どうすればいい。
どうしたらいい。
分からないんだ、カデンツァ。俺は、お前がどうして欲しいか言ってくれないと、お前の気持ちの欠片も分からない愚かな男なんだ。
だけど、これが俺だ。本当の俺だ。他人のことなんかこれっぽっちも分からない。
読書好きの俺、イベント企画や手伝いに奔走する毎日。
本当は。本を読むよりぼうっとアルザビの空を眺めているのが好きで、忙しく活動するよりも家でのんびりと寝ている方がいい。どちらかというと思慮深い方ではないし、こう見えて喜怒哀楽だって激しい方だ。激しいアクションよりラブロマンスの方が好きだ。実は涙もろいなんて誰にも言ったことない。
嘘をついて生きてきたわけじゃないが、嘘で固めてるうちに本当になってしまった。
かっこつけて、クールに振る舞って。
格好いい俺。誰からも好かれて、頼られるいい人。
そんなのまやかしだ。まぼろしだ。
「なぁ、カデンツァ。俺はどうしたらいい」
「今日見たことを忘れて、暫く放っておいて」
繰り返し聞くと、泣いて掠れた声がそう言った。
「放っておけないから、今抱きしめてる」
同情でも、哀れみでもない。お前を可哀想だと思った事はない。
ただ、小さく蹲って手を伸ばしているお前が、差し伸ばされた手を直前で躊躇って振り払うのが、気になった。そこから立ち上がれないなら、手を貸す。だから、頼む。俺の手じゃなくてもいい。
でも、出来れば俺の手で。
「俺はお前を守ってやることは出来ない」
だけれども。
「一緒に戦う事は出来る」
例え彼が戦う事を望んでいなくとも、この世界で生きていくためには何かと戦っていかなくてはならないのだと、俺は思う。
例え、それが自分自身であろうとも。
それから守ってやることなんか出来ない。守られたいとも思わないだろう?
でも、支えること程度なら出来そうだろう。
傷ついた身体を癒すことだって出来るだろう。
だから、俺に話して。
けれどもカデンツァは頑なに沈黙を守った。
話してくれるまでは、聞かない。だから、いつかちゃんと話してくれ。
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