Atonement/Torment

 




 正規軍ならば今頃皇都で防衛に当たっていただろう。皇都での防衛戦が始まった時点で、戦線の維持命令が下された時点で、ある意味結末は決まっていたともいえた。部隊の士気は下がる一方で、今まで皇国に尽くしてきた傭兵たちの不満が一気に溢れていた。
 遅かれ早かれ皇国は負ける。
 傭兵は、同じ傭兵が見捨てられたことを知れば、皇国から離れていく。金払いの良さだけが傭兵を繋ぎ止めるものではない。
「悔しいな」
 そう呟いたのは満身創痍の傭兵の一人だった。
 この暗闇の中襲われればひとたまりもない。だが、かすかに聞こえてくる息遣いで、マムージャたちが自分たちを狙っていることが窺えた。
「最後くらい、めいっぱい暴れてみせるさ」
 ガダラルがそう言うと、傭兵もまたそうだな、と返した。
 僅かな部隊で、みな静かに武器を手にする。距離が縮まるのを感じた瞬間、馬の蹄が土を叩き、冷たい空気を切り裂く馬の嘶きが響き渡る。
「無事か」
 耳に届く凛とした声。
 夜でも分かる艶のある馬に跨がるのは、剣を構えた皇子ラズファードだった。
 号令がかかり、一気に周囲の状況が一変する。
「援軍でなくてすまないが、退却だ。砦はくれてやれ」
 退却を命じるラズファードの言葉で、ガダラルは全てを悟った。父王ジャルザーンの命令を無視し、彼が単独で小隊を率いて助けに来てくれたことを。軍の半分以上を占める傭兵を、見捨てる国に未来はない、そう確信できるこの皇子こそ、この王朝を背負う人間であることを。

 ───ただ、この皇子には運がなかった。

 奇跡的な援軍で持ち直した部隊は、周囲を取り囲むマムージャたちを蹴散らし退路を確保することに成功した。だが夜の闇は夜目の利くマムージャ相手ではあまり意味もなく、これ以上の移動は危険を伴う。戦闘においても夜間は身を隠し、夜明けを待つのが定石だった。
 直接皇子を見るのは初めてだったが、指示も的確で無駄がなく、迷いもない。指揮官として優秀で、頭もいい。怪我人をいたわり、到着が遅くなったことを詫びたうえで、傭兵隊をねぎらうことも忘れない。亡くなった先皇后陛下の面影が残る横顔が、同じ髪の色も相まって美しい。
 およそ戦場には似合わない顔立ちだった。
 自ら物資を運ぼうとする皇子を呼び止め、少し意地悪な質問をした。
「なぜあなた自身がここに来たのか」
「単純に人が足りない、それだけだよ」
 続けて、それに私が動く意味もある、と笑われた。細い肩と腕に不釣り合いな鎧がやけに大きく見える。
「私は軍師は前線に出てはいけない、そう教わりました」
 そういうと皇子は小さく笑った。
「私は軍師ではないし、私自身を駒の一つとして効果的に配置したにすぎない」
 なんとなく、彼を命に代えても守らねばならないと思った。そう思える人に出会ったのは、幸か不幸か初めてだった。自分はしがない傭兵だがこの皇子の為に戦える、そう思ったのだ。

 だが現実は無情で、その夜にそれは起こった。
 

 

 

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