Atonement/Torment

 




 ことが起きたとき、丁度ガダラルは見張りの交代で、野営地をわずかに離れていた。剣を鞘から抜く音が一気に響いたことで異変に気付くも、その切っ先は全て一人の男に向けられており、その異様な光景に思わず息をのんだ。
 切っ先の先にいるのは皇子ラズファード。
 切っ先を向けているのは、そのラズファードとともに来た部隊。そして、先ほどまで苦楽を共にしてきた傭兵隊の一部だった。事情の分からない残りの傭兵も戸惑いの色を隠せないのが遠くからでも分かった。
 これはどういうことだ、我ら傭兵隊はどうした、何をしている。命を賭けて助けに来てくれた皇子が手酷い裏切りにあっているというのになぜ見ている。
「どういうことだ」
 ラズファードの問いかけには誰も答えない。
「私にここで死ねと、父が言ったのか」
 幾多の切っ先を突き付けられていても、ラズファードは冷静だった。
 岩陰に身を隠しながら距離を縮め、ガダラルは機会を窺う。
「そうか」
 ラズファードがそう呟いた瞬間、困惑していた傭兵の一人が皇子に切っ先を向けていた兵士に切りかかった。
 喉が鳴る。
 一刀のもとに切り伏せられた傭兵に部隊長と思われる男が舌打ちした音が耳に届いた。
 噴出した汗がガダラルの顎を伝っていく。
 数人が何かを話しているものの、うまく聞き取れない。
「やめろ」
 突然皇子の声があがり、同時に事情の分かっていないであろう傭兵たちが、一斉に兵士の手にかかって殺された。咄嗟の判断がつかず、剣を取る暇も、反撃する隙すら与えられない、一方的な虐殺だった。
 彼らからは悲鳴すら上がらない。
 血を払った曲刀の切っ先は、再びそのままぴたりと皇子の喉元に突き付けられる。
 あの人数相手にどうする、頭を巡らせるもなにひとつ浮かばない。とにかく会話が聞き取れる程度まで近づこうと闇に紛れて移動しようとしたガダラルは、自身が身を隠す反対側の樹林から顔を覗かせたマムージャに心臓が飛び跳ねた。
 まずい、反射的にそう思うも、マムージャたちは武器を構えない。
 何が起きているのか、もはや理解が追いつかない。
 部隊長が皇子に近づくと、耳元で何かを囁いて強く殴りつけるのが見えた。膝から崩れ落ちる皇子を、部隊長の手が喉元を掴んで膝立たせる。近づいてきた別の兵士が兜を無理矢理引きはがし、無防備な皇子の頭を地面に叩き付けた。
 兵士は叩きつけられ蹲るように地面に転がった皇子の頭を踏みつけた後、そのまま蹴り飛ばした。仰向けに倒れた皇子を、今度は他の男が押さえつけた。マムージャの喉から笑う不愉快な音に、嫌な予感がした。
 そこからの展開は胸糞悪い、の一言に尽きた。
 かわるがわる、皇子に覆い被さる兵士たち、傭兵、マムージャども。
 押さえつける代わりに短刀が皇子の手のひらに突き立てられ、まるで標本のように地面に張り付けられているようにも見えた。
 

 

 

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