Greed

 




 突然開けられた部屋の扉。
 真っ直ぐに注がれるポートンの視線。ベッドの上で目を見開いて固まるヴァン。
「ポー、トン?」
 ヴァンの声が震えた。
 部屋を見つめるのは、ヴァンの保護者でもある白魔道士のガルカ。しばらくして我に返ったポートンは、部屋の扉を勢いよく閉めると足音を立てながらベッドに近寄り、そのガルカの大きな手でヴァンの頬を強く張った。
 響く乾いた音。
「あなたは何をしているんですか!」
「ば、か、お前」
 大きく揺れたヴァンの身体を慌ててアニスが支え、鼻息荒く頭に血が上ったポートンを睨み付ける。アニスの腕の中で急激に冷えていくヴァンの身体。震えて噛み合わない歯が音を立てた。しっかりと握りしめられた手が、色を失っていくのが分かった。
「手をあげる相手が違う、下がれ」
「あなたに指図を受けるいわれはない」
「いいから黙って下がれ!」
 ようやくそこでポートンはヴァンの様子に気づき、一歩近寄ろうとして思いとどまり、アニスの言うとおり数歩下がる。その様子を確認してからアニスはヴァンの頭を抱え、青白い頬をさするように撫でると耳元で囁いた。
「怒鳴って悪かった」
 血の気を失った白い顔と色を失った唇。先ほどまで赤みが差していた頬と、湿った艶やかな唇はない。
「大丈夫、もう誰もお前を殴らない」
 握りしめた手を包むようにしてさすってやると、少しだけヴァンが詰まっていた息を吐いた。
「そう、ゆっくり息を吐くんだ」
 口元に手を当てて、ゆっくりとヴァンが息を吐き出した。
 青ざめた顔がアニスを見上げ、ゆっくりとその瞳が閉じられる。謝りそうな気配を感じて、アニスは牽制するかのようにその額に口付けた。
「風呂入って温まってこい、一人で入れるか」
 ヴァンが無言で頷くのを確認して、アニスは自分のエラントをヴァンの肩に掛けた。こんな状況でもヴァンは聡い。ポートンとアニスが話をするのだ、と理解してゆっくりと風呂場へと歩く。その様子をポートンが目で追った。
 風呂場の扉の音と、シャワーの水音が聞こえ始めると、アニスは軽く着衣を整えポートンに向き直る。
「とりあえず、叩くのはやめてくれ。怒る対象も、手をあげる相手も違うだろ」
 さすがに軽率だったとポートンも理解したのだろう、ポートンは無言でアニスから視線を床に落とした。
「今まだ叩かれると余計な反応すんだ、それくらい理解できるだろう」
「すみません」
 素直に謝るポートンにアニスはため息をついた。
「ですが、この件と今の件は別です。あなたは、いい大人が、あんなこと」
「ヴァンはもう24歳だぞ」
 いい加減子供扱いはやめな、とアニスはテーブルの上から煙草をたぐり寄せ火をつけた。
「こんなこと普通じゃない。それに、あなたはあの子にあの男と同じ事をしているのを分かっているのですか」
「普通じゃないことも、同じ事してるのも分かってる」
 紫煙をゆっくりとはき出すと、ポートンが顔を顰めた。
「分かってるなら!」
 声を荒げたポートンをアニスが片手で制止した。
「ストップ、大声出すな」
 咎められ、ポートンは素直に従い唇を噛んだ。
「それでも今俺たちはこういう関係にある。確かに俺も打算が働いて、今ならいけるかもしれないとヴァンの心の隙をついて隣に滑り込んだかもしれない。否定はしないしな」
「私は認めない」
「当たり前だ、周囲に認められるような清い交際じゃないのは俺だって分かってる」
 そんな場所にヴァンを引きずり込んでいることも。
「でも、ヴァンは自分で選んでここにいる」
 自信に満ちたアニスの瞳。ポートンは視線をそらすかのように目を伏せた。
「それをお前がとやかく言うもんじゃねえ、しかも手をあげてまで」
「それすらも、あなたがそうし向けたのでしょうに」
「どうあっても俺の責任にするか」
「私はあなたが嫌いなんです」
 絞り出すようなポートンの声。
 元々好かれていないのはアニスも分かっていた事だ。だからなるべくヴァンのLSには関わらないようにしてきたし、顔を合わせる機会も少なくしていた。それをヴァンも分かっていたのだろう、うまく二人を逢わさないように一緒に居る時間を作ってきたのだ。
「奇遇だね、俺も嫌いだよ」
 ポートンがアニスを嫌うのは、アニスの気持ちに鋭く気づいたからだ。方向性は多少違うかもしれない。だが、明らかに同種の感情がそこにはある。煙草の吸い殻を手のひらで燃やしてしまうとアニスはテーブルに腰掛けた。
「特にあんたみたいに保護者ヅラした勘違い野郎は」
 彼の欲求は共に歩む人生ではない。ヴァンの人生そのものをその手の中に収めたいという欲求だ。保護者という言葉で隠した本心だ。
「何を」

「保護者だって言い張るならその感情捨てちまえ。捨てられないなら、保護者なんかやめちまえ」

 

 

 

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