Greed

 



 

 アニスの驚愕に見開かれた瞳がゆっくりと閉じられた。
 あぁ、と小さく漏れた声にヴァンが肩を震わせる。

「ってない。使ってない」
 ヴァンが大きく首を振って否定の言葉を並べるも、その表情は明らかだった。
「いつから」
 アニスが頬にそっと唇を寄せ囁くと、ヴァンは観念した様子で目を閉じた。アニスの大きな手が頭を優しく撫でていく。
「最初の頃、やっぱり怖くて」
 自分から誘っておいて何を、と言われるかもしれない。それでも、怖かったのだ。
 誰かに抱かれるという行為が、忘れたくても忘れられない記憶を呼び覚ます。
「クラインが、俺が勃たないから使えって貰ったやつのあまりを、2、3、」
 ヴァンの語尾が消えていく。
「…4、5回くらい」
「怖かったのか」
 アニスの腕がヴァンの身体を抱きしめる。
 貰ったわけではないのはアニスでも予想出来る。あの頃、それは恒常的に、強制的に使われていたのだ。そして、それをアニスとの行為の中、どんな思いでヴァンがもう一度使ったのか。
「ごめんな、気づかなくて」
「俺もごめんなさい」
 勃たないからと与えられた薬で確かに勃起はした。だが根本的な解決にはならなかった。彼は最後までヴァンが何故勃起しないかを理解することはなかった。酷く殴られたり、蹴られたりすると身体全体が萎縮してしまい、恐怖が前面に押し出されそれどころではなくなる。どれだけ奥を穿たれても、緩く浅いところをゆっくりとなぶられても、それこそ前立腺を擦られようが、直接性器を刺激しようが何も感じなくなるのだ。
 アニスは優しい。
 無茶をしてくることはないし、物足りない刺激でゆるゆると責め立てられることもない。
 手慣れてる、そう気づくのに時間はさほど掛からなかった。クラインの興味本位の行為とは違う。アニスが仕掛けてくる行為には全てに意味があり、無駄なものはない。
 だから何も怖いことなどなかったのに。
「やめとくか?」
 ヴァンの中に挿入ったままのアニスは僅かに萎えているとはいえ、その堅さは十分だ。ヴァンは首を横に振ると自ら腰を落とした。
「勃つよ」
 息を吐き、アニスに跨ったままゆっくりとヴァンは腰を上下させる。
「俺、ちゃんと勃つから」
 アニスは無言で頷くと、ヴァンに手を添え細い腰骨をそっと撫でた。
 ヴァンは本当にゆっくりといいところを探るように、身体ごと上下させていく。アニスが右手をヴァンの左手に絡ませると、うっとりとした笑みを浮かべ、熱い吐息を口から零した。
 少しずつ形を変えていくヴァンのペニス。
 気持ちがいいんだ、と全身で表現する。零れる喘ぎ声も、短く吐かれる息も、徐々に加速していく身体の動きも。
 絡め合った指に力が込められる。ヴァンの動きに合わせて、少しずつアニスも下から突き上げてやると、先端からはまるで溢れるように精液が滴る。それは突き上げるたびに溢れ零れ、アニスの腹を汚した。
「うあ、ぁ、あっ」
 止まらない吐精とともに、ヴァンの口から零れる喘ぎ声。きつく締め付けられる内側にアニスもまた呻いた。
「ヴァン、携帯端末鳴ってる」
 快楽に水を差すようにサイドテーブルに置いた携帯端末が鳴る。アニスが笑いながら指摘すると、ヴァンは少しだけ困ったように身体を震わせた。
「出る?」
「違うのが、出そう」
「それテルしてきたやつに聞かせてやりたいな」
 しつこく鳴るテルに、ヴァンが焦りの表情を見せた。
「誰?」
「ポートン」
 ああ、あの白ガルか、とアニスが口に出した瞬間、それは訪れた。
「ヴァン、鍵も掛けずにあなたは何を」

 

 

 

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