Zillion of Will/Scourge

 




「フォイア!」
 ナイトの突き出した剣の切っ先から光の筋が地面を走り、そこ威勢のいいかけ声と共に狩猫の銃弾が重なった。瞬間轟音と共に光の渦が巻き起こり、それが収縮するのを見計らって、ヴァンは愛用の両手斧を一気に振り下ろす。
 メタトロントーメント。
 そう、この斧の以前の所有者が言った。
 異世界の殺戮の天使メタトロンによる粛清の光だという。もう一度大きな光の渦が巻き起こった中心に、長い詠唱を完了したアニスの最上級呪文が、紫電の色を纏った光の柱を打ち立てた。
 轟音に次ぐ轟音。
 魔法の威力で思わず眼を細めたヴァンに、光の中から伸びてくる腕。慌てて両手斧でその腕をはじき返すと、返し刃で煌めくその腕を叩き折った。追撃の銃弾が立て続けに発射された音がして、ようやく光の中に居たゴーレムは動くことをやめて崩れた。
 足を床に繋ぎ止める薄い氷が音を立てて壊れ、すぐにアニスから柔らかい癒しの呪文が投げかけられる。
「楽しい!」
 先ほどからずっとそう繰り返す狩猫が、反り返った片手棍を振り回して颯爽と駆けだしていく。
「おい待て、お前は楽しいかもしれないが」
 慌てて追いかけるようにして癒しの魔法を狩猫に投げた赤エルが、ため息をついてアニスを恨めしそうに振り返った。
「こっちはクソ黒が精霊ばっかでちっともてつだわねんだ、体力もたねぇよ」
「そりゃあしょうがないな」
 声を上げて笑ってみせるのは、最年長組のヒューム詩人。赤エルは比較的若い方だが、ヴァンに比べれば随分と年上で、狩猫に至っては口に出してはならないという暗黙の了解があった。
「あー、もう。生麦生米生卵!赤巻紙青巻紙黄巻紙!いくらやっても全員分できねぇんだよ、アニス助けてくれよ」
「失礼なやつだな、俺はちゃんと最低限やってるぞ。出来る範囲で」
「完全ヴァン担当じゃなねぇかよ。あんたリーダーでしょ、エコヒイキなしでお願いしますよ」
 雑談をしているように見えて、実はしっかりと休息を取っているのはこのメンバとつるむようになって知った。事実狩猫も走り出したものの獲物を連れては来ないし、分かっていて愚痴をこぼす赤エルもまた、仕事をきっちり終えた上での雑談だった。野良でのパーティなら、狩人が走った瞬間咎められる場面だ。
 詩人の低く響く優しい歌声が少しだけ疲れを癒してくれる。
「それよりお前、星芒祭どうするんだ。ちゃんと準備はしているのか」
 突然話題を変えられて驚いた赤エルは、慌てた様子で握り締めていた属性杖を取り落とした。
「何焦ってるんだ、準備したんだろうな」
 今まで黙って座っていたタルタルのナイトが笑いながら立ち上がった。
「いや、てか、その」
 語尾がどんどん小さくなり、俯いた赤エルはぽつりと言った。
「まだです」
 やれやれ、と言った顔つきでナイトがお手上げのポーズを取ってみせると、詩人が堪えきれず唄を中断して笑った。
「だって、今年は時期的に星芒祭当日はねぐらぶち当たりでしょうが」
「それでもイベントごと、だぞ。なぁ?」
 含みを持った台詞と視線でヴァンを見上げるタルタルナイト。
「いや、俺はなにも予定ないよ」
「え!ねぇの?」
 赤エルが驚いてアニスを見上げた。
「何で俺」
「今年は変な虫がついてないじゃん、よかったじゃないすか」
 たまらず蹌踉めいた詩人が腹を抱えて笑い出す。
 狩猫をのぞく全員でひとしきり笑って、休憩を挟んで戦闘を再開し、目的のものを手に入れた後は他所のメンバと合流して自然と解散となった。夕暮れのアビタウ前はとても綺麗で、あらかたのメンバに移転魔法をかけ終えたアニスが遠くでヴァンを振り返る。
 ポケットから煙草を撮りだして、ヴァンの前まで来るとアニスは言った。
「予定さ、ないのか」
 少しだけ間をあけてから、ヴァンは微かに笑いながら返す。
「アニスの誕生日だからね」
 咥えかけた煙草を取り落とし、アニスは慌てて拾い上げるとため息をついた。
「それは予定あり、って言わないか。普通」
「いつでもその日はあけてある、という意味で」
 再度咥えなおした煙草を掴むと、ヴァンは軽くアニスに口付けた。
 閑散としたアビタウ前をいいことに、離れていく唇を追いかけようとしたアニスを片手で制止するとヴァンは帰ろう、と笑った。


 

 

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