Zillion of Will/Scourge

 




 腰を跨いだ形で身体を上下に揺らすヴァンの腰を掴み、アニスは荒い息をつく。
 浮かび上がるイギラの紋様に指を這わせたヴァンは、アニスの動きに合わせて腰に力を入れた。きつく締め付けられて微かに呻いたアニスの声に満足そうな笑みを浮かべ、ヴァンは腹の上に追い立てを胸へとずらす。
「気持ち、いい」
 上半身を下げて口付けをねだれば、しっかりと抱きしめられ顔中に唇が押しつけられる。浅くなった結合を繋ぎ止めるかのように腰を掴まれて、もう一度深く受け入れた。いいところを擦っていく感覚に上擦った声が漏れる。ひいては押し込まれて、まるで波のようにゆるゆるとした動きに翻弄され、じわりと身体中に滲んで拡がっていく悦楽。無意識に下腹部に伸ばした手を掴まれて、ヴァンはアニスを恨めしそうに覗き込んだ。
「お前のさ、これ」
「ん、なに」
 アニスが撫でる場所は、腰骨の丁度横辺り。酷く抉られた痕がある場所だった。
 修道窟奥地にて、オーク達を率いるバックゴデックと偶然鉢合わせたときに相打った傷。ヴァンの剣と、バックゴデックの斧が双方の身体を深く傷つけ、結果的に優勢だったこちらが勝利したものの無茶の代償は大きかった。
「消えないな」
「まぁ、ほら傷は戦士の勲章みたいなものだし。この間過去バタで20年後の恨み先に晴らしてきた」
 ヴァンが笑いながらそう言うと、アニスは傷を愛おしそうに撫でる。
「こっちは」
 その傷の隣にある、深々と刃を突き刺された微かな痕。
「聞いていいのか」
 アニスの指が、そっとその傷をなぞる。
 先ほどまで笑っていたヴァンは口を噤み、視線を下げた。
「悪かった、言いたくなければ言わなくていい」
 頬に手を伸ばし、ゆっくりを顔を撫でてやると、ヴァンは首を横に振った。
「ごめん、俺も実はよく分からなくてさ」
 頬を撫でるアニスの手にヴァンは自分の手を重ね、指に指を絡める。
「事実だけなら、信頼していた人に刺されただけなんだけど」
 軽く言ってのける割に、酷く重たい事実を聞いてアニスは返答に詰まった。
 血の巡りが良くなると浮かび上がるイギラ紋様と同じように、ヴァンのその傷もまた赤く浮かび上がって見えた。傷口から分かるのはその傷がほぼ根本まで、それも幅広の長剣をなんの躊躇いもなしにさしこまれた傷痕であること、それがヴァンを殺そうと突き出された切っ先に間違いないこと、だ。
「吹雪いてて、視界は真っ白でさ。身体がどんどん冷えていくのが分かったんだけど、どうにも出来なくて」
 俺若い頃無茶やってたんだよな、と苦笑いしてみせるヴァンをアニスは優しく撫でる。
 ただの喧嘩や事故でないことは明らかだ。
 なぜ、どうして。何度も繰り返されたであろう疑問。それは今も解消していないように見えた。一面の銀世界、雪に覆われた大地に花びらのように散った赤を想像し、アニスは目を閉じて頭を振った。
「そいつは」
 ヴァンを刺したあと、その人物はどうなったのか。聞いたところでなんの解決があるわけではないのは分かっていたが、アニスは聞かずにはいられなかった。
「死んだ」
 30年前に起こった、雪の中の悲劇。
 三大強国による北方の共同調査中の事故を彷彿とさせる結末に、アニスは背筋が寒くなるのを感じた。暫くの無言の時間を経て、ヴァンは口を開く。
「なぁ、話の続きはあとにしよう」
 動いて、と続けられた言葉は甘く、アニスの耳元で囁かれた。
 この時期になると思い出す、ヴァンが寒さに弱いこと。
 鎧を着ることがないアニスにとって、最初は金属製の鎧が凍てついて動けなくなるのかと思っていた。だけどそうではない。かじかんだ手はこの恐怖を呼び覚ますのか、寒さの中で動かなくなっていく身体はこの時をずっとなぞっているのか。
 ウルガランの頂上で、ボスディン氷河で、そしてザルカバードで。
 何度となく不安そうに唇を噛みしめたヴァンを思い出す。思わず抱きしめた身体は熱く、アニスの手の方がずっと冷たかった。
 大丈夫だよ、俺は。そう呟かれた言葉。
 頷いて動き始めれば、ヴァンの肌はしっとりと汗ばんだ。艶を含んだため息のような吐息が、動く度にその唇から零れる。
「あ、のとき」
 見上げれば、その表情には後悔。
 アニスは眉をひそめた。
「こんなふうに、男同士でも恋をするって知ってたら」
 聞きたくない。
 口に出しかけた言葉を飲み込んで、アニスはヴァンの腰を引き寄せて突き上げた。
「あ、ァ」
 知ってたら、どうだというのだ。
 無言でひたすらに突き上げて、アニスはヴァンの身体を揺さぶった。途切れ途切れに聞こえる短い悲鳴が、まるで泣いているようにも聞こえて唇を噛みしめた。
 溢れる声を堪えようと戦慄く唇。
 これ以上、聞きたくない言葉を紡ごうとする唇に、アニスは指を押し込んだ。
「い、ヒ、あっ」
 ヴァンの腰がアニスにあわせて上下に揺れる。
 頬を伝った涙を見ないように顔を背け、痙攣するかのようにヴァンが大きく身体を震わせた瞬間その身体を強く抱き寄せた。荒い息をついてアニスに身体を預けたヴァンを優しく撫でると、ヴァンもまた確かめるかのようにアニスの身体を抱きしめた。

 



 あの時、男同士でも恋をすると知っていたら、
 ────俺はお前をあそこまで追い詰める事はなかった。

 


 

 

End