Uneasiness

 



 バストゥーク港は年末の買い物を済ませようとする人で結構な賑わいを見せていた。
 用事があって来る時と全く違う新鮮な雰囲気。用事があるときは飛空艇を降りた瞬間から、目的地まで一目散だからもしかするとゆっくりとバストゥークの町並みを見たことなどなかったのかもしれない。
 道沿いに続く特産品売り場を眺めながら、ヴァンの半歩後ろをついて行く。
「うち商業区なのか港区なのか分からない所にあるんだよね、一応港区なんだけど。ここから見えるよ」
 特産品売り場のテントとテントの合間から、ヴァンが指さした。
 対岸には、冒険者用の居住区と、区画分けされたいくつかのバストゥーク様式の家並みが見えた。どれがヴァンの自宅なのかは分からなかったが、サンドリア様式とは違う石造りの建物は新鮮だ。

 なんだか足が重い。
 監獄に連れて行かれたときと似たような気分だ。
 玄関先で罵られて帰れ、とか言われたらどうしよう。
「アニス?荷物重いなら少し持とうか」
 いや、重くないし。大丈夫。

 そうこうしているうちに、とうとう着いてしまった。
 ここが俺の地獄の門。いやヴァンのご両親に失礼だ。

「ただいまー」

 ヴァンの明るい声。俺の顔はひきつってないだろうか。大丈夫か、笑顔は大丈夫か。
 ややあって、奥から若い母君と思われし女性が姿を現した。俺を見ると、やっぱりね、という顔をして笑った。
 通り一遍の挨拶を済ませて、菓子折とサンドリアのお酒を渡すと、母君は家に入っていく我が子の背中を見ながら、俺に笑いかけた。
「あの子が女の子連れてくるわけがないと思っていたのですよ、気を遣わないでくださいね。ようこそ」

 その一言で、俺の地獄は一瞬にして花畑に変わった。

 だけど、24歳にもなって女の子連れてくるはずがないとか言われるのもどうかと思う。
 むさくるしい大男のおっさんでごめんな。せめて俺がお前みたいに可愛くて小柄だったら女装の一つでもしてあげたのに。

 全然関係ないがこんな時魔法は万能じゃないよな、と思わされる。
 子供向けの絵本に、魔法少女が可愛らしい飾りのついた片手棍を振ればたちまちお姫様に大変身、とかよくあるじゃないか。魔法なんだからそれくらい出来てもいいじゃないかという妄想の話ではあるが、現実の魔法というのは非常に良くできた理論で構築されていて、その理論に基づいて全て運用されている。
 身体の形を変えたり、性別変えたり、服や小物など、無から有を生み出す事は理論上不可能なのだ。
 黒魔道士にしか分からない話だが。


 …けして、現実逃避をしているわけじゃないぞ。


 ヴァンのご両親は、揃って小柄でおだやかだった。
 これじゃあヴァンの背が伸びるはずもない、とか言うと怒るから言わないが、雰囲気がよく似ていて、こちらまでが穏やかな気持ちになるところまでそっくりだった。顔はどちらかというと母親似かもしれない。
 父君はサンドリアの地酒を渡すととても喜んでくれてほっとした。
 丁度昼時に着いたものだから、しっかりと食卓には食事が準備されており、俺は人生初の、他人のご家族と一緒にテーブルを囲むことになった。

 食事を終えると、客間に案内された。正直俺は緊張しすぎて、何食べたか味すら覚えていないわけだが。
 しかし自宅に客間があるとか、それだけでも俺にとってはもの凄い衝撃だった。俺の家なら間違いなく、部屋の床で寝て貰うところだ。
 綺麗に掃除され、整えられた客間で、ヴァンは未だ緊張が解けない俺の背中を撫でる。
「大丈夫?少し横になる?」
 そう言いながら無理矢理ベッドに押し込まれ、ヴァンは心配そうに頬を寄せてきた。そのまま唇が、俺の唇に重ねられそうな所で、俺は慌ててヴァンの唇を指で押さえる。
「ダメだ、ここはお前のうちだろ」
 少しだけむっとした表情でヴァンは顔を離した。
 そんな顔するな、俺だって拒みたくないんだ。
「久しぶりに逢ったんだろ、ご両親だって色々話したいんじゃないか」
 俺が居ると出来ない話もあるだろう。
 確かに緊張と寝ていない事で俺の睡魔もピーク。申し訳ないけれど、2時間ほど眠らせて貰うことにして、俺はヴァンを部屋から追い出した。
 見送って数秒。

 俺の意識はあっさりと闇へ沈んだ。



 

 

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