Uneasiness

 



 寝過ごした、と慌てて飛び起きて時間を確認すれば、あれから3時間もたっていた。
 顔を洗わせて貰おうと階下に降りると、リビングから聞こえる家族の笑い声。

 俺の母親は、俺を生んですぐに他界した。その後は、親父が必死になって俺を育ててくれて、サンドリアの神学校へ入学させてくれた。俺はそこで神学を学び、そして、魔法学校へ進学する。
 卒業後、そのまま冒険者の登録を済ませた俺は、親父に国に仕えることにした、とだけ言った。初めて、親父はそうか、と嬉しそうに笑ったのを今も覚えている。
 だから、俺はこんな団らんを知らない。
 そして、ヴァンからも奪おうとしている。

 階段を下りてきた俺を、ヴァンが目敏く見つけ、駆け寄ってきた。
「ごめん、無理させて。もうちょっと寝ててもいいよ?」
 俺の額に手を伸ばして、じっと見つめてくるヴァン。
 風邪じゃないんだから熱があるわけではないのだが。単純にヴァンが寝かせてくれなかっただけで、単なる寝不足。この年になると徹夜が出来ない身体になる。本来なら今日の昼過ぎまでベッドで惰眠を貪るつもりだった。
「大丈夫、悪かったな。折角招待して貰ったのに」
 そう言うと、リビングから母君が顔を出し、お茶はいかがと聞くので、寝かせて貰ったことに詫びを入れ、ありがたく頂戴することにする。とはいえ家族の中にお邪魔するのはさすがに、と躊躇っていたら、父君の方が気を遣って声を掛けてくれた。
 正直、ヴァンが3人いるようで困ったのは内緒だ。
 そして、ここでもしヴァンが女の子だったとしても、俺はきっと一目惚れしていたんだろうな、とよく分からない、ある意味間違ったことで一人納得するのだった。


 ヴァンは俺の調子がよければ夕飯後、商業区のカウントダウンに行こう、と少し躊躇いがちに誘ってきた。
 何を躊躇うんだ、と思って普通に大丈夫だよ、と返事をしたが、それの意味を知るのはもう少し後の話。

 夕飯頃には俺の緊張も大分和らいで、バストゥーク料理を堪能させていただいた。バストゥークで食事をすることはほとんどなく、外食と言えばジュノかサンドリア。買い食いならウィンダスだ。その理由はレストランの使い勝手にあると言ってもいい。バストゥークはもっぱら酒専用で、鉱山区の蝙蝠のねぐら亭なんかには随分とお世話になった。
 そういうわけで、俺がバストゥークの郷土料理を食べたのは初めてになる。
 夕食後は、リビングで俺が持ってきたサンドリア地酒をヴァンのご家族と共にあけた。父君は大層お喜びで、頑張って持ってきたかいがあったというものだ。

 気持ちよく飲んで、食べて、喋っていたらあっという間に時間が過ぎる。
 新年を迎えるまで残り30分を切ったところで、俺達は母君に追い出されるように外へと出た。

「全然ゆっくりできなくてごめん」

 商業区の噴水前に向かいながら、ヴァンがそう言って手を握ってきた。
 手袋をしていない冷たい手が、俺の指に絡む。
「気にするな、いい家族だな」
 その手をすくい上げて、その指先に口付けた。ヴァンは寒がりの癖に、最近手袋を嫌がる。その理由が、殆ど手袋を付けない俺と手を繋ぐためだと気付いたのはいつ頃だっただろう。
 頭を覆う大きめのニット帽、暖かそうなカラクール毛糸のマフラー。
 手を握ったまま、細い腰を抱き寄せて胸に閉じこめる。ごめんなさい、俺はきっとこの手を離せない。

 唇を近づけたら、丁度頭上に新年を告げる花火が上がった。
 色とりどりの光が降り注ぐ中、バストゥークの往来で俺達は唇を重ねる。天空を覆う花火と、新年の歓声が俺達を隠していたと思いたい。
 白い吐息。首にまわされたヴァンの腕。抱きしめる腕に俺は力を込めた。

「ア、ニス…ね、Hime-hajime、しよ」

 誰だ畜生、ヴァンに変なこと教えたのは。
 絶対テンゼン、間違いない。あの野郎、次逢ったら覚えてろ。
 家からでも見える花火を、わざわざ俺を連れ出した理由はこれか、と納得しながら、俺はヴァンから見慣れたレンタルハウスのカギを受け取った。
 顔を見合わせて、笑う。
 そして、手を繋いだままレンタルハウスへの階段を駆け下りた。

 我先にと見慣れたレンタルハウスのドアを開け、なだれ込むように部屋に入る。
 部屋に入った瞬間、ドアに身体を押しつけられヴァンが唇を押し当ててきた。口付けを交わしながら器用にコートのボタンを外し、お互い一枚一枚脱いでいく。
 暖炉に薪すらくべられていない寒い部屋で、俺達は全裸だ。床に散らばった服を避けてベッドになだれ込み、深く、深く口付ける。

 ヴァンの指が、俺の薄蒼く光る入れ墨を伝った。



 

 

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