Sweet

 




 ゼオルム火山は皇都のあるマザカラ半島から、偃月海峡を挟んだ対岸に位置するザザーダ島とボゾルド島、その両島を形成した双子の活火山だ。見渡す限りの荒野だが、比較的冒険者がよく足を運ぶ場所でもある。

 トロール狩りのパーティを横目で見ながら、ヴァンはプリン地帯へと足を踏み入れる。
 先ほどから何度もテルを送っているが、アニスからは反応がない。こんな敵地のど真ん中で、返事がないのは初めてだ。もしかして倒れているのじゃないかと心だけが焦る。
 手前にいるかな、と思ってあけた巨大な門側にはミスラの黒魔道士がいた。アニスの事だから競合を避けて奥まで足を伸ばしたのだろう。
「ああもう、頼む返事くれ」
 クロットのいる洞窟を抜けて奥の広場まで足を伸ばすも、ここにも見知った黒魔道士の姿はない。此処にも居なければ、後はナバゴ側だ。汗が一筋額を流れていく。
 ハルブーンを経由して、ナバゴ側の火山地帯へ向かう。この辺はアルやシオンと無駄に探索したお陰で地理は全て頭に入っていた。ちょっとだけ、感謝だ。
 岩壁沿いにアニスの姿を探す。
 所々成虫になったワモーラが、巨体を浮かせていた。彼らに見つからないようにそっと移動する。
 壁際の窪地で、座り込む黒魔道士を見つけたのはすぐだった。心臓が握られたように痛い。
「アニス」
 近寄るまでに何度も名前を呼ぶ。
 アニスの傍らにしゃがみ込んで様子を見た。岩壁にもたれ掛かって目を閉じたアニス。規則正しい息が聞こえてほっとすると同時に怒りが込み上げた。こんな所で寝るな、と言いかけた唇は不意に溢れた涙で閉じられる。
 安心したら込み上げた。
 よく見ると頬や首筋に火傷があった。そっと唇を寄せて傷をなめる。きっと無茶をして魔力が底をついたのだ。アニスがこんな無茶をすることなどない。いつも冷静で、引き際を知っているはずなのに。
 小さな吐息とともに眉が顰められ、アニスの手がヴァンの頬に触れる。そのまま力強く引き寄せられ、唇を貪られた。
「ン、んっ」
 生暖かいアニスの舌先が歯列をなぞる。
「ヴァン?これは夢か?」
 うっすらと開かれた目が、じっとヴァンを見つめた。
「夢じゃないけど、夢でいいよ」
 言葉を遮るようにアニスの頬を持ってヴァンから口付けた。サイドポーチに入れっぱなしだった購入したばかりのチョコレートを取り出す。それは火山地帯の熱で既に形を失っていた。
「溶けちゃった」
 包装をこじ開けて、柔らかくなったチョコレートを指ですくう。そのままその指をアニスの口に押し当てて、自分の指ごと舐めるように口付けた。甘ったるいチョコレートの匂いが鼻腔を刺激する。
「チョコ?」
 ヴァンの指が顎から首筋を伝う。生温かなチョコレートの筋がアニスの首筋を飾った。
 唇をチョコレートの筋にそって動かす。舐めては口付けて、チョコレートと一緒にアニスを食べる。
「ヴァレンティオン」
 囁いた言葉は僅かに震えた。
 ルルゥが、やったように。熱をもって。これは夢だから。
 ヴァンは溶けたチョコレートをもう一度すくって指を口に含んだ。


「俺ごと食べて」



 

 

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