Sweet

 





 時節が巡れば、また花が開くように。愛する人に気持ちを伝える大切な日。

「ヴァレンティオン・デー」



「ヴァン、どうしたの」
 LSイベントの帰り道、こっそりと見ていたチラシを指摘されて、慌ててヴァンはルルゥを振り返った。
 ジュノの街角には大きなポスターが何枚も貼られ、ヴァレンティオンデーの時期が始まったことを知らしめる。この時期は各国の老舗菓子屋から、冒険者手作り品まで、沢山のバザーが開かれる年に一度の大きなイベントでもある。
「ああ、「聖ニコラ」のチョコレートかぁ。ヴァンってこの手のイベント意外と好きだよね」
 大きなポスターをルルゥが見上げ、ヴァレンティオンデーか、と繰り返した。
 ヴァレンティオンデーとは、その昔秘めた想いを命懸けの贈り物に託して愛する貴人に伝え、身分の差を越えて恋を成就させた、従騎士ヴァレンティオンの故事にちなんだ記念日のこと。クリスマスの星芒祭と並んで盛り上がるイベントのひとつだ。冒険者であっても男女の色恋沙汰にかける情熱は変わらない。
 見上げたポスターに描かれた聖ニコラはサンドリアの老舗ショコラ店で、上品な一口サイズのバブルチョコレートは絶品だという。
「こういうの、好きかなあ」
 ぽつりと呟いたヴァンの言葉は迷っているの合図。
 ポスターに描かれた甘いチョコレートを、熱に浮かされたような目で見る隣の色男は、いつも貰う立場だったに違いない。渡そうか迷っている理由は、去年アニスが貰ったチョコを食べないから、とヴァンに渡したからだということをルルゥは知っている。どさくさ紛れに、オレンジクーヘン渡してたことも。
 ヴァンから貰えれば、それがたとえバブルチョコ一粒だったとしてもアニスは飛び上がって喜ぶに違いない。だけどなんとなく悔しいのでそのことは黙っておく。
「アニスの好きなもの何?」
「ロランベリーのショートケーキ」
 あまりにもの即答加減に思わずルルゥは顔が綻んだ。
「どうせなら手作りしたら?」
「俺料理とかしたことないよ」
 予想外の返事にルルゥはヴァンの顔を覗き込んだ。
「まじかよ、お前いつも食事どうしてんの」
「外食?」
「うそん、愛しいアニスに手作り料理でおかえりなさいあなたーとかやってんじゃねーのか」
 両手を広げてポーズを付けるルルゥに真っ赤になったヴァンがマフラーで顔を覆った。
「やらねぇ」
「今時お料理も出来ない子だったなんてお母さん育て方間違ったわ!」
「ナックも出来ないだろ」
「出来るよ」
「まじで」
 そういえば遊びに行ったとき、貯蔵庫の中にお酒しか入ってなかったな、と思い出してルルゥはため息をついた。 両腕を組んで頬を膨らまし、何かを思案した様子で暫く石畳を靴底で叩く。
「じゃあ、チョコくわえて食べてって言えばいいよ」
「なにそれ」
「こんな感じで」
 そう言うとルルゥは鞄からクッキーを一枚とりだして唇で咥える。そのままキスをねだるかのように、ヴァンに向かって顔を傾けて見せた。目があったところで、ルルゥはすぐにクッキーを口の中に入れてしまう。
「どうよ、チョコでやったらエロイとおもわね?」
 口に指を当てて笑うルルゥにヴァンは頭を抱えた。
「それはナックにやりなよ」
「なんで俺がナックにそんなことしないといけないんだ」
 笑いながらルルゥはそう言うと、ヴァンの肩を軽く叩いた。
「じゃ、俺もう帰るね。せいぜい悩みな、青少年」
 背中越しに軽く手を振ると、そのままルルゥはレンタルハウスの方へと去っていく。
 ヴァンはもう一度大きなポスターを見上げ、そして、ため息をついた。



 

 

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