From hell with Love

 




 静かになったアビタウ神殿で、聞こえる物音はリンクシェルから聞こえる一部の戦闘音だけだ。
 アラシャの指示や、状況を伝えるメンバの声が途切れ途切れに届き、戦況は安定していて何も心配などいらないことをクラインに伝える。その場所にいて、同じ緊張感を、戦いの空気を共有できないことに苛立ちが募った。それはクラインひとりいなくても何も変わらないという認めたくもない事実であり、そしてリンクシェル全体の真理だ。誰かがひとり欠けて、維持出来ない団体になんの意味があるだろうか。
 疲れた足をサーメットの床に投げ出して、クラインは今日何度めかになる溜息を深くついた。
 床に下げた視線の先に、突如現れる揺らめく影。
「よう、早かったな」
 相手も確認せずに、クラインはそう言った。
 ヴァン。
 この気配など、見ずともすぐに分かる。まっすぐにクラインに向かってくる小さな影。ヴァンは無言のままクラインに新しいオイルの瓶を差し出した。代わりにポーチから取り出したくたびれた紙幣を、クラインは瓶の代わりにその小さな手に掴ませる。
 あからさまに躊躇ったヴァンを見上げ、クラインは目で受け取るように促した。
「ありがとな」
「…どういたしまして」
 躊躇いがちにうつむいたヴァンの腕を取って、クラインは自分にその身体を引き寄せる。金色の豪華な縁取りがあしらわれた白いチュニック。神の祝福を受けた同じく純白の下衣。白魔道士の証。だがその指にはめられた指輪や耳飾りは紛れもなく戦士のものだ。小柄な体躯のせいで華奢に見られがちではあったが、そのチュニックの下に、しっかりと鍛えられている身体があることをクラインは知っている。
 近づく頬に唇を寄せて肩を抱くと、その肩が強張ったのが分かった。
「そんなに俺が怖いか」
 ウソだとはっきりと分かるほど、怯えたヴァンが首を横に振る。その様子に思わずクラインは声をだして笑った。
「いいけど」
 クラインの指がヴァンの顎を強く掴み、噛みつくようにその唇を奪う。クラインの身体を押しのけるようにして伸ばされたヴァンの腕は、クラインに触れる直前で思いとどまったかのように宙を掴んでおろされた。
「ん、ん」
 苦しそうに息を吸い込み、顔をしかめるヴァン。飲み込めずに唇の端を伝った唾液が顎を伝った。
「やめ、ろ、よ、あんた麒麟だろ」
「俺がいなくても変わらない」
 抵抗しかけたヴァンの手に指を絡め、腰を抱く。
 ───それに、どうせ行ったところで今日もダイス勝負に負けるさ。
 自嘲気味にクラインは笑って、ヴァンの剥き出しの喉元に噛みついた。


 

 

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