From hell with Love

 




 冷たいサーメットの床を蹴って魔方陣へと飛び込んだ。
 何度となく経験しているというのに、体中の細胞が空気に、水に溶け込んでいくような、まるで分解───される間隔に思わず顔をしかめる。滲む視界がクリアになるにつれて、目の前で永劫を刻むポットがクラインを出迎えた。
 またか、と溜息ひとつ。


 ル・アビタウ神殿。
 どんな神を、何処へ祀ったのか、神殿内部はいくつかの区画に別れており、そこを行き来するのは容易ではない。クラインが目的とする場所は、神殿のほぼ中央に位置し、どういう仕組みか運が悪いと同じ魔方陣に飛び込んでも別の場所へと運ばれてしまう。多分、放置されていた長い間の中で、システムの一部に不具合が生じているのだろう。罵る相手もいないあけたフロアで、クラインは小さく毒づいた。
「ちくしょう、18回目だぜ」
 声が届いたのだろう、リンクシェルから笑い声が聞こえる。クラインは舌打ちすると近くの壁により掛かり、腰を下ろした。もう1時間以上も同じ道のりを繰り返し走っている。終わりの見えない行為は体力だけでなく精神力をも削り奪っていく。
 一息つけばリンクシェルからは、嘲笑と一緒にいろいろな声が届いた。
 さすがだよクライン。お前の運は本物だな。むしろ18個もオイル持ってたことの方が驚きだよ。おつ。
 今日何度目かの溜息をついて、クラインはリンクシェルに向かって言った。
「先に始めててくれ」
『悪いけどそうさせて貰うわね』
 クラインを嘲る声の中、一際透ったアラシャの声。その発言でリンクシェルの空気が音を立てて引き締まった気がした。つい先ほどまで聞こえていた笑い声はなくなり、彼女の簡単な説明だけがリンクシェルの空気の全て。その声を遠くに危機ながら、クラインは携帯端末を取り出した。送り慣れた相手に、愚痴めいたメッセージを送る。
 返事など来ないだろうと思っていたのに、相手はクラインの予想を裏切ってすぐにテルを返してきた。
『どうしたの』
 僅かに声に含まれる怯えた様子に苦笑いを隠せない。
「ヴァン」
 従順になったものだと独りごちる。
「オイル持ってきてくれ。ハズレの壺のところ、分かるだろ」
 所属こそ違うとはいえ、ヴァンもまたクラインと同じ目的を持つ集団に身を置いている。それだけの言葉で全てを理解した彼は、あっさりとクラインの頼み事に分かったと頷いた。
 オイルを持ってきてくれ、なんて情けないを通り越してむしろ滑稽だ。
 テルで繋がった向こう側で、準備をしているのだろうヴァンの衣擦れの音がする。
『今、何回』
「18」
『俺も13回の記録ある』
 笑い飛ばすことなどなくそう言ったヴァンに、逆にクラインが笑った。
「おまえ、それ慰めのつもりか」
 困った様子の雰囲気が伝わってくるのが少しおかしかった。素直に言えばクラインが怒るとでも思っているのか、違う、と言いかけて口籠もった次の言葉をじっと待ってみたもののヴァンは黙ったまま会話は途切れた。
『他に、いるものある』
 ややあって小さく問いかけられ、クラインはまだヴァンと通信が繋がっていたことに驚いた。とっくに切られたものだと思っていたのだ。携帯端末を握りしめ、ひとしきり思考を巡らせると、クラインはゆっくりと口を開く。
「おまえ」


 

 

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