Chicken or Beef ?/Scourge

 



「なんだ、楽しそうだな」
「今真龍がきたら、って考えてた」
 クェスはそれを聞くと堪えきれずに水を吹きだして笑った。
「そりゃ無理だ」
 腹を抱えて笑うクェスだったが、ヴァンは彼が何処まで本気なのか推し量れずにいた。
 もし本当に今ここに真龍がやってきたとしたら、自分たちは酔っぱらって何も出来ずただ駆逐されるだけだろうか。深酒をしていてもここは迷宮のもっとも奥だ。限界ギリギリのラインで理性が歯止めを掛けている、そんな気がしてならなかった。
 眠い、と言って早々に眠ったエル白。
 酒ではなく、酒のように見せかけた水を飲むクェスもまた白魔道士だ。
 皆どこかで起こるはずのない、あり得ない状況を想定している。どんな状況にも、勝手に身体が備えている。そういうふうにアニスがした。ヴァンはアニスにそういうふうにしろと教わった。
 迅速でなくていい、被害を最小限にとどめ、その時その時で最善だと思われる策を選択すればいい。その結果どういう事が起こってもそれは結果論でしかなく、その場で最善だと思った行動を、自分を信じろ、そう彼は言った。
 失敗してもいい、後悔するな。
 それはアニスの持論なのかもしれない。
 実際、逼迫した状況下に置いて本当の意味で「最善」である策を選択出来る事は少ない。誤った選択も多々あるにも関わらず、アニスはそれを聞いて必ず良かったところを誉めてくれた。失敗や挫折は次に繋がるが、後悔は前に進まない、ああすればよかった、こうすればよかった、ではなく次はああしよう、こうしよう、と考えるように、と。
 実際、机上演習でしかない作戦の殆どが、やってみると酷く陳腐で使い物にならず、実践魔道理論の殆どが机上の空論でしかなかった。
 やってみるしか、ねえんだよ。
 肩を叩かれ、煙草をくわえたままアニスがそう言って笑ったのを思い出す。
「アニスは凄いね」
 そうヴァンが呟くと、クェスは今更何を言っているのか、とでも言いたげに鼻で笑った。
 彼らのアニスに対する信頼は厚い。それは絶対の忠誠にも似ていたが、お互いの信頼があってこそ成り立つ平等な関係だ。皆はアニスに絶対の信頼を置いてたし、アニスもまた皆を信頼していた。その関係は何年もたった今も変わらない。
「ねえ、俺が途中で入ってきたときなんか思った」
 ヴァンはシェル内で唯一の途中参加メンバだった。
 このシェルはアニスが設立してから、やむを得ない理由で参加出来なくなったメンバを除き、ずっと同じメンバで活動している。ヴァンが加入した後、誰一人として欠けても、増えてもなかった。
 人員を補充しようなんて考えは誰にもなかった。このまま活動を続けていくうちに、今のメンバでは何度やっても、どうあっても、なんとすることも出来ないほど強大なノートリアスモンスターが現れたとき、その時がこのシェルの解散のときなのだ。
 だからどうしてヴァンが途中加入出来たのか、許されたのか、ずっと疑問だったのだ。
「アニスがお前を連れて来た」
 覚えているか、とクェスは静かに言った。
「アニスが連れてきたんだ、他の誰でもなく、アニスが」
 そこにあるのは絶対の信頼。
「それ以外なにもないよ」
 そこまで言って、クェスは思案したように俯いて、それから水を一口含むとため息を漏らした。
「お前を連れて来た日、アニスはお前が指揮を執れ、と言った。俺はその時にアニスがお前を連れて来た意味が分かった」
「あー、あれ正直膝が震えた」
 クェスが笑ったのを背中で感じて、ヴァンもまた笑った。
「声も震えてたぞ」
「ほんと、BC以外でああいう大きな戦闘初めてでさ、規模が違う、と思った。成果も、被害も」
「あそこで逃げ出すようなら、アニスの思い違いだったって事だ」
 あっはっは、と声を上げて笑ったクェスを振り返ると、ヴァンはなくなってしまった水袋の代わりにクェスの瓶をひったくった。クェスは苦笑いしただけで、ヴァンから瓶を奪い返すことはなかった。
「お前には才能があった。お前の指揮は単純明快で好きだぞ」
 飲んでる最中に瓶を取り返されて、溢れた水が唇の端から顎へと伝う。それを手で拭ってヴァンは恥ずかしそうに額を膝に埋めた。
「お前は個人を過大評価しないし、戦線維持を重視する。白魔道士としては無茶しない指揮官の方が好感度は高い」
「アニスは無茶するしね」
「ああいうのも嫌いじゃないんだがな」
 フォローなのかそうでないのか分からないような言葉で、クェスはまた笑った。

 

 

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