Chicken or Beef ?/Scourge

 




 うちのリンクシェルではなにかのイベント事があるとはねぐらで寝泊まりするのが半ば恒例行事と化していて、この時もネコ狩の誕生日が近い、とかよく分からない理由で時期外れのねぐらで張り込んでいた。
 要するに、どれだけ待っても真龍が寝床に戻ってくることはないのだが、これが自分たちらしい祝い事のありかただとつくづく思う。普段は持ち込まない酒と保存の利かない食べ物を囲んで、いつも通り昼間はほぼ全員で騒ぎ、夜間は交替で見張りにつく。結局は真龍不在が確実なねぐらで、恐れ多くも大宴会をしているだけに過ぎない。

 いつものようにくじ引きで決まった夜間当番。
 元々年齢層の高いうちは、交代制でとにかく眠れるときに眠っておくのが鉄則だった。基礎体力を温存するのが目的で、仮眠とは言え緊張感の続く長丁場をこなすために睡眠は不可欠だ。交代で常に休息をとり続けるうちを笑うところも多かったが、そのお陰で真龍の気まぐれによる長期の張り込みでも何ら問題はなく、終始同じ調子で居ることが出来たと思う。
 だけどこの日はやって来るはずのない真龍の張り込み。
 当然だが夜間当番組以外のメンバもちらほら起きていて、いつになく賑やかな夜だった。もちろんねぐらにはうちのメンバしかおらず、最初の頃はうちが居ることで時季がずれていると分かりつつも様子を見に来ていた他シェルの連中も、二度三度と繰り返すうちに斥候が来ることすらなくなった。

 形だけとはいえ当番だったこともあり、ヴァンは数人が騒ぎ疲れて横になったのを確認して、宴会の喧噪から僅かに離れた。喉の渇きは飲み過ぎたせいもあるのだろう、手近な水袋を掴んで木の根っこが絡み合う一角へと腰を下ろす。
 一口含んで、まるで砂漠に染みいる水のように吸い込まれていく感覚に思わずため息を漏らした。
「どうした、若いのにもう終わりか」
「いたの」
 声のする方に目も向けず、ヴァンは一気に水を呷った。
 その様子に笑い声を押し殺すのはクェス。彼の手には酒瓶が握られているらしく、ヴァンと同じようにまたクェスも瓶に口を付けて飲んだ。お互いの喉の鳴る音が重なって、続いてクェスの熱の籠もった吐息が聞こえる。
「あんた酔ってるの」
「そりゃ酔うさ」
 確かに昼からずっと飲み続けている状況だ。普段どれだけ飲んでもけろりとしている連中も、いい加減酒が回ってきたのだろう。クェスもその一人だった、というわけだ。
 木の幹を挟んで背中合わせに座ったクェスは、持っていた瓶をヴァンへ差し出した。黙って瓶を受け取って口を付けると、予想していた酒の味なんて何一つせず、不意を突かれたヴァンは大きく噎せ込む。
「なんだよ、水じゃん」
「だから酔ってる、と言ったろ」
 瓶をいささか乱暴に返すとクェスは面白そうに笑った。

 龍のねぐらは、かつての巨木ボヤーダの木の根っこが複雑に絡み合って出来た天然の空間だ。
 そもそもボヤーダの迷宮自体、聖地に根を下ろした巨木の跡地だった。老木が枯れてなお、そこにひろがる別世界。そこは隔絶されたもう一つの森であり、ボヤーダ樹と呼ぶに相応しい迷宮だった。
 そんな場所に真龍はおりてくる。
 星空を仰ぎ、木々の合間から、生い茂った葉の合間から。疲れた身体を、このボヤーダが眠る場所に横たえ、眠るために真龍はやってくるのだ。その瞬間は我を忘れてしまうほど幻想的で、興奮すら覚える。
 結果的にはそこを待ち伏せしているのだが、自分たちは真龍のちょっとした暇つぶし程度の遊び相手でしかない。そろそろ相手でもしてやるか、とそんな気分で定期的にねぐらにやってきては、自分たちと合間見える。そうすることで人間社会と関わりを持っているのではないか。それにどんな意味があるのかまでは計り知れないが。要するに、待ち伏せしているのは自分たちばかりではない、ということなのだ。


 

 

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