Time Passed Me By/Envy

 



 きっかけってさ。
 さっきも言ったけど、本当に他愛のないことで、なぁんだそんなことか、って思うほど些細なんだ。そこにはドラマティックな展開も、大きな山場もなければ谷間もない。平坦な場所で突然そうなる。

 一緒に暮らし始めた事だって、俺が沢山の素材に埋もれて生活する場所もない、ってカラナックに愚痴をこぼしたことが発端だ。
 その頃、殆どジュノで生活していた俺は、サンドリア、バストゥーク、ウィンダスと3カ所に倉庫を借りて、それぞれ倉庫番を雇っていた。必要なものをギルドに買い付けに行って貰ったりと便利だったけれど、管理も大変だし、何よりも維持費が高い。かといって自分が足を向けるとなると、ちょっとだけ疲れる。
 それなら大きな部屋をジュノで借りて、素材は全部そこで一元管理して、買い付けは信頼のおける仲介人にギルド経由で発送して貰った方がずっと楽だ。宅配サービスを使う煩わしさもなくなるし、一石二鳥。
 そんな夢みたいな計画、事実ジュノでそれほどの部屋を借りるって事が夢みたいだって事なんだけど、一人じゃ無理な相談だったわけで。そんな話をカラナックにしたら、カラナックは笑っていいね、と言った。
「いいね、部屋俺と折半しよう。俺の荷物はそんなないし、お前は広い部屋を好きに使えばいい」
「ルームシェアってこと?それじゃあナックにメリットないじゃない」
「帰ってくる場所が出来るだろ」
 その言葉で、俺はもしかしたら恋に落ちたのかもしれない。
 じわりと熱い何かがこみ上げて来たことを今でも覚えている。
 俺は戦災孤児だったから、家族と過ごした記憶がとても曖昧だ。だから、いつもこんな暖かさを求めていた。
「じゃあ、帰ってきたらおかえり、って迎えてあげる」
「絶対だからな、出かけていません、とかナシだぞ」
「いいよ、でも帰る前に連絡してよね」
「いいぞ、絶対だからな?」
 カラナックは何度も約束を繰り返した。
 俺は、俺が誰かを迎えられるのが嬉しかった。誰かと、人生の一部を共有する事が、嬉しかった。
 いつしか、俺は家族ごっこをしていたのだと思う。カラナックを送り出し、迎える、まるで本当の家族のような。
 


 これが、カラナックと俺の交わした、ルームシェアの約束事。
 それは一度も破られることなく、今に至る。俺はカラナックが出かけている間、ちゃんと部屋を綺麗にしておく。彼が帰ってきたら、二人でゆっくりと部屋で過ごす。
 食事は、二人で作ったり、俺が作ったり、カラナックが作ったり。一緒に居るときは、部屋の掃除も、洗濯も全部二人でやる。特に決めたわけではなかったけれど、お互い尊重しあっていたのだと、思う。

 借りた部屋は冒険者のレンタルハウスにほど近いところにある石作りの家。
 少しだけ高かったけれど、二人でいくつかの物件を見て回って、お互いが納得した部屋を借りた。翌日からすぐに掃除をはじめて、倉庫を解約すると必死になって部屋にものを運び込んだ。
 カラナックは、一つだけ我が儘と言って、大きなソファを置いた。
 部屋は広かったけれど、俺の素材が大半を占めるせいで、ベッドは大きなものをひとつだけ買うことにした。これはカラナックが一ヶ月の大半を色んな場所で過ごすから、ベッドは一つの方がいいと譲らなかったからということもある。一緒に寝るのは嫌か、と聞かれた気もするけど、もしかすると聞かれなかったかもしれない。

 隣に他人の暖かさを感じながら寝付くのは、初めてだった。
 夜中、なんとなく緊張で眠れないままカラナックの寝顔を見ていたら、眠れないのかと問われた。少し目が覚めただけだと言うと、カラナックの大きな手が、俺の背中を抱き寄せた。
 それはとても、暖かくて。

 俺は、こっそりカラナックの胸の中で泣いた。


 

 

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