Envy

 




 決定的な何か。
 人ってやっぱり何かあり得ないような行動を起こすときは、きっかけがあるんだと知った。
 積み重ねてきたものも当然あるけれど、狂気に駆り立てるのは、やっぱり決定的な何かだ。


 久しぶりにLSでリンバスへ行くことになって、メンバの調整や戦略を練る。
 カラナックの隣にはヴァン。二人は昼間からずっと戦略的な何かを話し込んでいて、入り込む隙間がない。こういうとき、昔なら何も思わなかったのに、どうして今こんな自分は酷い顔をしているのだろう。
 ずっとそうだ。何も変わってない。
 ENMやるときも、デュナミスに行くときも、カラナックは戦略、戦術の相談をヴァンにする。今更なんだ。自分は職人気質の気ままな吟遊詩人。小難しい話しをされても分からないとその手の話を避けてきたのは自分だ。
 聞いた話によるとヴァンは、小さい頃から軍事学や兵学をやっていた超インテリ。家柄、というか育ちが良さそうな雰囲気は付き合っていたらすぐに分かる。なんで冒険者になったのか分からないけれど、声しか取り柄がなかった自分とは大違いだ。
 要するに、カラナックやアニスがヴァンに相談するのは普通の事で、今に始まった事じゃない。

 カラナックと近いヴァンの横顔。少しだけ厚みのある唇は上向きで幼く見える。細い顎のラインとか、ちょっとだけ白い肌と耳に掛かる黒髪のコントラストがまたいい。可愛いな、目は絶対自分の方が大きい自信はあるけれど、自分の青い目より、ヴァンの少しだけ紫がかった宵闇の瞳が羨ましい。
「おぅい、ルルゥ」
 足下でアルがふくらはぎを叩く。
「なに、なに?」
 慌ててしゃがみ込むと、アルに頬をつねられた。
「笑え」
「え?」
 よく分からないがとにかく笑顔を作って見せる。
「お前最近酷い顔してるぞ、どうした」
「ええ、そう?そーかなあ」
 へらへら笑って見せてもアルには効果がない。分かってる。アルは気付いてる。
 ふとカラナックの方を見たら、ヴァンの耳元に口を寄せて何かを囁いていた。それはまるで頬に口付けているように見えて。離れたカラナックは笑い、ヴァンは驚いて顔を赤くしている。
 やめて。冗談でも、やめて。
 ヴァンはアニスの、

 違う。

 カラナックが。
 畜生。




 自分達の関係を聞かれたら、「親子かな」と、そう答えてきた。

 水晶大戦での戦災孤児で、声しか取り柄のなかった自分は、特に引き取り手もなく勧められるがまま冒険者になった。
 一応サンドリア国民だったから、北サンドリアで冒険者登録をしたけれど、初めて来た城下町で右も左も分からないまま途方に暮れていた。だから、カラナックが声を掛けてくれた時、本当に嬉しかった。

 趣味も違えば、目指すものも違う。

 冒険者としての経験を追い求めるカラナック。強い獲物を求め、希少価値の高い宝物を探して世界を駆け回る彼と、冒険者の経験よりも、冒険者向けの簡易合成に時間の大半を使う自分。
 それなのに何となく一緒にいるようになって、冒険者用のレンタルハウスをやめて二人で暮らせる部屋をジュノに借りた。長期で家を空けるカラナックと、それを迎える自分。
 帰ってきたら、世界で見たものを話してくれる。
 それだけで、よかった。

 変わったのはカラナックじゃない。俺だ。


 競売で沢山のオリハルコンを購入して、馬鹿みたいに浮かれてた。
 今日はライバル居なくて沢山買えた。これで色々なものを作れる、そう喜んで自宅に帰る。
 だけど現実って意外と無情で。

 自宅から出てくるヴァンを見た。
 今カラナックはオフで、自宅にいる。というか、自分が競売に出かけてくると言ったとき、まだベッドにいたはずだ。自分が競売にいた時間は1時間程度、移動時間も含めて2時間ほどしか家を空けていない。
 何故ヴァンが。

 カラナックと。

 そう思ったら駈けだしていた。
 なんでアニスが居るのに、お前はカラナックに近づくんだ。なんでカラナックなの。

「ねぇ、ヴァン。大事な話があるんだけど」

 自分のレンタルハウスに帰るだろうヴァンを捕まえて、上手く彼の部屋に上がり込んだ。
 相変わらず綺麗に整頓された部屋に反吐が出る。何か飲み物を、と振り返ったヴァンに、俺は。


 眠りに誘う呪歌を投げかけたのだ。

 

 

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