Envy

 




 狂気。俺は狂ってる。全てが見えなくなっていた。


「ん、う…んっ」

 自分の呪歌の効果時間は10分ちょっとだ。もし掛かりが浅ければその半分程になる。
 眠りが浅くなる前に、玄関で倒れたヴァンを部屋の中央まで引っ張った。細いけど意外と重い身体は、それだけ鍛えてあるということだろうか。少なくともヴァンは華奢ではない、と思う。
 騒がれては困るから持っていた手頃なスカーフでヴァンの口を覆い、結束ロープで細い手首を縛り上げた。彼は戦士だから、本気で抵抗されれば自分などあっという間に押さえ込まれてしまう。荒い息をつきながら、ヴァンの服を引っ張ると、首筋に赤い痕がいくつも見えた。

 かっと頭に血が上る。

 自分が競売に行っていた間に、セックスか。
 カラナックが誘ったなんてあり得ない。あり得ない。あり得ない。
 お前が。
 お前が誘ったんだろ、ヴァン。
 堪えきれずに、ヴァンの頬を強く叩く。僅かな呻き声をあげ、ヴァンが目を覚ました。
「おはよう、ヴァン。気分はどう」
 彼は声を上げようとして、言葉にならない悲鳴を上げた。
 多分、ルルゥ、と名前を呼んだのだ。呼ぶな、汚らわしい。
「俺がいない間に、ナックとなにしたの」
 首を横に振るヴァン。
 怯えている様子がやけに笑える。ヴァンが、この自分に。後ろめたいよな、そうだよね。
 身体をずらして逃げようとするヴァンの足首を掴んで身を乗り出す。無理矢理下衣を引きずり下ろして、白い尻を掴んだ。ここに、カラナックを受け入れた。そう思ったら全身の血が沸騰するんじゃないかと思うほど怒りが込み上げる。
「アニスだけじゃ物足りなくてナックにも手を出したの」
 違う、そう布の奥から聞こえた声。
 信じられない。
「ここに」
 指に力を込めた。
 多少の抵抗はあるものの、驚くほどあっさりとヴァンの尻が指を呑み込んでいく。
 ヴァンの呻き声が布を通して伝わってきた。
 今やめてって言ったのかな。
 それは俺の台詞だ。
「ナックが」
 内側は柔らかくて、酷く熱い。知らなかった。
 絡みついてくる肉を割って奥へ奥へと指を進ませた。ヴァンが頭を振るのが見えて、無理矢理指を二本に増やしてみる。喉の奥から発される悲鳴と、大きく仰け反る白い喉。縛った手首が震えていた。
 細い手首に食い込んだ結束ロープがじわりと赤く滲む。
 指を乱暴に押し込んで、短めの髪の毛を掴んで自分の方へと顔を向けさせた。
 大きな宵闇の瞳が潤んでる。
 俺を見てる。
「どうやってナック誘惑したの、ねえ」
 答えろよ。
 ねえ、どうやったの。どうしたらナックは抱いてくれるの。
 ヴァンの服を乱暴に開き、胸元に散った痕を指でなぞる。
 男の真っ平らな胸のどこがいいんだ。
「女ならまだ諦めもついたのに」
 涙が溢れた。
「なんでヴァンなんだ。なんでよりによってヴァンなんだよ!」
 ヴァンの胸に額を押しつけて叫んだ。
 ヴァンの上下に揺れる胸。早い心臓の鼓動。荒い息。
 カラナックと自分の関係は恋人ではない。もしカラナックとヴァンに何があっても、自分はカラナックを、ヴァンを責める事など出来ないのだ。
 そう気付いたら、頭に登っていた血が一気に引いた。
 嫉妬だ。
 これは、一方的で、酷いただの嫉妬。
 醜いのは俺。
「ごめん」
「ンう」
 きつく縛りすぎて唇の端に食い込んだスカーフを無理矢理引っ張って顎の方へとずらした。ヴァンは少しだけ呻いただけで、開放感に大きく息をついた。
「外して」
 罵られるかと覚悟したのに、ヴァンはそう言うと黙ってしまった。後ろ手にきつく縛ってしまったせいで、ヴァンの手首は擦り切れていた。指でほどこうとしても結び目はびくともしない。
 酷いことをしてしまった、と後悔した。
 唇の端も赤くなっている。早くとってあげないと、と思うほど焦ってうまくいかない。
「ベルトのとこ。ナイフあるから」
 ずらした下衣のベルト部分に小さな鞘があった。ヴァンのナイフ。動かないで、と断ってすぐにそれで結束ロープを切る。手首は思った以上に酷いことになっていて息を飲んだ。
 ロープが切れるのが分かると、ヴァンの身体はしなるように起き上がり、あっという間に俺の手からナイフを取り上げた。さすがに覚悟を決めて目を閉じると、ナイフを鞘に収めた音がする。
 薄く目を開けたら、その瞬間思いの外強く頬を叩かれた。
 唇を噛んでじんと響くその痛みに耐える。
 もう一度謝ろうと口を開くも、ヴァンの手に制止された。
「ナックにいいなよ」
 え、と思わず声が漏れた。
「ルルゥの気持ち、ちゃんとナックにいいな」
 手首をさすりながらヴァンはそう言った。慌ててヴァンの手にケアルを投げかける。
「ナックとはルルゥが心配してるような事ないから」
 服を整えながらヴァンはため息をついた。
「これはアニスが、つけた痕だから。心配ならアニスにも聞けばいい」
「ヴァン、俺」
「ルルゥはさ、俺のこと誰とでもセックスすると思ってる?」
 怒ってる、というより泣きそうなヴァンの顔。
 俺の醜い嫉妬が、ヴァンを傷つけた。
「ちが」
「ごめん、意地悪だった」
「違う、ごめん俺が、俺が勝手に嫉妬して、ごめんなさい」
 ヴァンは無理矢理笑顔を作る。
「ナックんとこ帰りな、心配してるよ」
 一歩近寄った俺を押し返すようにしてヴァンは距離を取ろうとする。それが、俺がやってしまったことに対するヴァンとの心の距離。
「ごめん、ヴァン」
「いいから帰れよ」
 遮られるようにして声を荒げたヴァンに、自分のしたことがいかに愚かだったかを思い知る。
 込み上げた涙を必死に呑み込む。
 ゆっくりとヴァンから離れてドアの方へと後退った。
「ナックに全部言ったら、言い訳くらい聞いてやる」
 堪えられなかった。
 ヴァンは許してくれようとしてくれる。

 こぼれた涙を見られないように、ドアの前でヴァンに頭を下げた。深く。

 深く。


 

 

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