Envy

 





 始まりは他愛のない事。
 いつだってそうだ、きっかけはなんだって些細なこと。

 アニスが戻ってきて、ヴァンが可愛くなった。
 男相手に、しかももう24歳になろうとしている相手に向かって可愛いという言葉は非常に不適切だけれど、そう表現するのが一番しっくりと来る。普段一緒にいればいつもの馬鹿騒ぎしていたときのヴァンと何一つ変わらないのに、隣にアニスが居るだけで、こんなにも変わるものかと思わされる。
 恋はこんなにも人の表情を優しく変えるのか。

 それなのに、自分はこんなにも醜い。

「あぁ、疲れた」
 風呂上がりのカラナックが裸のままベッドに倒れ込む。
「ルルゥ冷たい水くれ」
 返事をしてキッチンに水を取りに行く。
 いつもの光景、いつもの。
「今回長かったね」
「10日か、そうだな」
 水を手渡して指折り数えるカラナックを眺める。
 風呂上がりで手入れのしていない銀髪。それでもその髪は艶やかで、耳に掛かる髪にそっと触れた。浅黒い肌と対照的な見事な銀髪。まるで彫刻のような、端正な顔の作りはエルヴァーン独特だ。
 虎目石の瞳がじっと見つめ返してくる。
「どうした」
「ううん、怪我してない?」
「大丈夫。明日からしばらくオフだから、アニスとヴァンでも誘って飯でもいくか」
 頷くと、カラナックはシーツを手繰り寄せて寝る体勢に入る。お前はまだ寝ないのか、と聞かれて、まだアルに頼まれた指輪作ってる途中だからと答えた。別に急いでないから明日でもよかったのに、今隣に行くことがどうしてもできなかった。
「今回のアニスんとこ凄かった」
 微睡んだ感じがするカラナックの声。
「崩れそうで崩れねぇの」
 そんなこと言われても分からない。
 HNMに興味のない自分は、あまり突っ込んだ話しをされても分からない。だからカラナックも、簡単に今日やった獲物は大きくて強い、そんな説明をしてくる。本当はもっと戦略的な話しをしたいんじゃないのか、といつも思うけれど、自分はそれに応えることが出来ない。
「イレギュラー対応もはえーの。すぐに指示が飛んでさ、ああなりたいな、うちももっと強くならないと」
 HNMの話しをしているときのカラナックはまるで子供のようだ。
 強大な獲物と戦うのは面白いことなのだろう。だけど先日ヘルプを頼まれて行った帝龍戦は、きっちりと全員の役割が見事に決められていて、その通りの動きをこなすだけに見えた。面白くなかった、と素直に言うと、カラナックやヴァンは、それは全員が手慣れた連中で順調にいっただけだと答えた。
 それって、順調だと面白くないのかな。
 分からないよ。
 予期せぬ事が起きて、それを立て直したときの感動は自分だってある。パーティメンバーが瀕死になった時を救うのは興奮する。だけどきっとカラナックが言うのはもっと規模の大きな事。
 手練れの20人が、たった一匹の竜にあっさりと殲滅されるなんて、信じられない。そしてそんな竜相手に、戦略を練って毎回挑む彼らの気持ちが分からない。
「真剣に戦ってる姿ってすっげ格好いいんだぞルゥ」
 それは分かる。後衛にいると、戦う背中ばかりが目に付く。例えその肩が震えていても、獲物と向き合う姿はただただ格好いい。
「ヴァンも成長した、いい動きしてたなぁ」
 心にちくりと、何かが突き刺さった。



 翌日、アニスとヴァンを誘って行った食事は散々だった。
 いや、散々だったのは自分だけで、他の3人は楽しかっただろう。LSが違うとはいえ、アニスとカラナックは古くからの親友だし、HNMLSのライバル同士でもある。ヴァンはうちのLSメンバでもあり、アニスのHNMLSメンバでもあるから、共通の話題と言えばどうしてもHNMの話題になりがちだ。
 この間狩ったHNM、新しい戦略や戦術。
 分からない単語、分からない話。昔はそれでもよかった。カラナックが楽しいなら、それで良かった。
 いつから気になるようになったのだろう。最近のはずだ。だって、カラナックが帰ってきて、話してくれる大きな獲物との戦いはまるでおとぎ話のようで好きだったのだから。
 途中で自分の様子に気付いたヴァンが、それとなく新しい獲物や狩り場の話しに話題を変えてくれて、それを理解したアニスが小さくごめんね、と笑いかけてきた。
 カラナックは気付かない。

 だけど趣味が違うのはお互い様だ。
 自分も裁縫や彫金、鍛冶木工と所謂冒険者向けの合成が大好きだ。特に彫金が好きで、小さなただの石ころを磨き上げ、美しい宝石に仕上げるのは楽しい。それに装飾を施して、指輪にしたり、耳飾りにしたり。出来たものは殆ど競売に出してしまうから、自分の作ったものだという証は残らないけれど、それでも何人もの人が自分の作った装飾品を身につけていると思うと嬉しい。
 カラナックが身につける装飾品は殆どが自分の作ったもので、ばれないように小さく名前なんか入れてみたりしたけれど、カラナックの大部分は、そういったHNM達がもつ魔法が掛かったお宝品ばかりで、自分の作ったものの出番はあまりない。
 それを、寂しい、だなんて思う気持ちなんか、きっと分からない。

 だから、ヴァンの左手に輝く指輪を見て、酷く落ち込んだ。

 それはどう見てもダイヤモンドの指輪だった。
 彼は戦士だから、基本的にダイヤモンドは身につけない。ダイヤモンドには知識を象徴する意味があって、集中力を高め、魔力を増幅させる。だから魔道士、特に黒魔道士が好んで身につけるのだ。
 彼らは基本的に武器を振らないから、多少の装飾は邪魔にはならないけれど、ヴァンのような前衛にとってはあの控えめな装飾ですら致命的になることもある。だから、分かってる戦士なら、そんな指輪なんてしない。
 ヴァンは、アニスの指輪をしている。
 アニスがあげると言ったのか、ヴァンが欲しいと言ったのか、どちらかなんて分かるはずもないけれど、ヴァンは愛されてる。
 羨ましい。

 凄く。

 

 

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