Painful

 




 アニスの部屋は戦術魔道書だらけだ。

 所々に兵法や戦術書が見られるが、殆どが魔道書。所狭しと積み上げられた本と、テーブルに拡げられた読みかけの本。メモを取るための羊皮紙の束も積み重なっている。
 最近はグリモアにはまっているらしくて、新しく購入した本がテーブルに積まれていた。
 そんな本の間に酒瓶が並んでいる光景は、正直凄い。
 壁の殆どが書棚になっているのに、入りきらない沢山の本。決して片付いてない部屋ではない。本人は何処に何があるのかちゃんと分かっている。

 足の踏み場もないから、アニスの部屋では大体二人ともベッドの上で酒瓶とともに過ごす。
 そのベッドの上にも読みかけの本が積んであるから、まさしく本に埋もれて寝るのだ。もし災害が起きたらきっとアニスは本に潰されるに違いない。本人は本望なのかもしれないが。

 壁に背を預け、分厚い魔道書を読んでいるアニス。
 ベッドサイドの魔法ランプが手元を照らしていた。
 本を読んでいるアニスは真剣で、食事の後なんとなくこうやってアニスの部屋で酒を飲みながらくつろぐ時間が増えた。特に何かするわけでなく、たまに他愛のない話をしては本に戻る。時折、いくつかの戦術の話になって盛り上がることもあるが、基本は静かで、ゆっくりとした時間が流れていた。
 アニスは本を読んでいても、ヴァンがキスをねだればしてくれる。
 でもそれ以上はしない。
 頭を優しく撫でて、キスをして、終わり。お酒の味がするキスは熱くて、心地良くて、ヴァンが何度もねだると、アニスは笑いながら本を閉じ、横に置いてキスをくれる。キスが終われば、また読書に戻るのだ。
 どちらかというと堅いアニスの太腿に頭を預け、ヴァンは大昔の戦術指南書に目を通していた。ヴァン自身も本は大好きだ。どちらかというとグリモアなどの理論魔道書よりはギヌヴァやシュルツの戦術論の方が好きだった。アニスとする戦略の話は面白い。
「ねぇ、アニス」
「んー」
 気のない返事は今いいところの合図。
「しよう」
 音を立てて本を閉じ、ヴァンはそのままアニスを見上げた。
「なにを?」
 本から目を離さず、アニスはそう返事する。本当に今いいところのようで、片手でヴァンの髪の毛を撫でながら、もうちょっと待てと無言で伝えてきた。少しだけむっとしてはっきりと言ってやる。
「セックス」
「ちょっと待て、後でな」
 そう言ってから、アニスの動きが止まった。
 本が手のひらから音を立てて落ちる。
「いてっ」
「あ、ごめん、いや、待て」
 固まったまま言い訳するように発する言葉を、身体を起こしたヴァンがゆっくりと塞いだ。
「して、キスの続き」
 ベッドのスプリングが軋む。
 唇を寄せたヴァンの頭を撫でながら、アニスは額に唇を押し当てた。
「ダメだ」
「俺とはしたくない?」
 上着を脱ごうとすると、襟元を押さえられて止められる。
 熱っぽく潤んだ瞳がじっとアニスを見つめた。
「したいよ」
「じゃあなんで」
 アニスは頭を抱えると小さくため息をつく。
「この間、お前怯えてた」
 目をぎゅっと閉じて、唇戦慄かせて。
 怯えさせたいわけじゃないのに、あの男のことを思い出させてる。
「あの糞ったれ野郎の事なんか思い出させたくない」
「じゃあ、して」
 人の話を、と言いかけたアニスの頬をヴァンが強く掴んだ。
「何も考えられないくらい滅茶苦茶にして」
 真剣な黒い瞳がまるで睨み付けるようにアニスを見ていた。何も言えなくなる。
「そしたら、次からアニスを思い出すよ」

 唇に触れたヴァンの柔らかな唇が震えた。

「俺はアニスと続きがしたい」





 

 

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