Painful

 




 部屋に響く荒い吐息。

 ヴァンの手がシーツを握りしめて震えた。
「目あけて」
「ン、あっ」
 アニスは無意識に目を閉じてしまうヴァンの頬に口付けた。
 快楽は身体が覚えている。目を閉じてしまえば、例え誰が同じような事をしても、ヴァンは同じ反応をするだろう。
「俺を見て」
 誰がヴァンに触れているのか、誰が目の前にいるのか。
 首筋も、喉も、胸も、口付けるだけでヴァンの身体は震える。今までにしたことのないような本気のキスは、それだけで体中を熱くして、芯を疼かせた。唇を触れあわせながら後ろに差し入れた指はまるで千切られそうなほど強く締め付けられる。痛みに顔を顰めたヴァンに、アニスは埋めていた指を抜いた。
「大丈夫、だから」
 やめないで。今にも泣きそうな声でヴァンは腕で顔を覆う。
 緊張して強張った身体が、アニスを拒んでいた。
「ヴァン、こっち見て」
 アニスは頬を寄せて、ゆっくりとヴァンに口付けた。
「俺が怖い?」
 首を横に振るヴァン。
 それでもされる行為は怖いのだろう。何かを思い出すように、落ち着かない視線がアニスの前で揺れた。
「やっぱり嫌だと思ったら言ってくれ、無理矢理したくない」
「ちが」
 辛抱強くヴァンが次の言葉を発するのを待つ。
 戦慄く唇は言葉を探している証拠だ。
「俺、どうしよう、どうしたらいい?」
 そう心配そうに見上げるヴァンは、どうしていいか分からずに戸惑っていた。
「ホントに俺でいい?俺男だよ、おっぱいないよ、そんなとこ指突っ込んでアニスは気持ち悪かったりしない?」
 アニスは思わずため息をついた。
「お前、むしろそれは俺が聞くことだろ。というかだな、お前から誘っておいて今更何を言いだすかと思えば!」
 笑いがこみ上げる。
 ヴァンは真剣だ。笑ってはいけない。
「だって、なんか俺が無理矢理」
「俺だってしたいっていったでしょ」
 別に男だからとか女だからとか、そんな理由で好きになった訳じゃない。
 その真剣な黒い瞳が、獲物を見据える姿に心が震えた。格好いいと思ったのだ。
 恋に落ちる瞬間なんて、きっと誰にも分からない。
 まるで、雨をたたえた木々から、ひとしずくの水滴が手のひらに落ちるように。
 音を立てて。
「ああもう、凄い興奮しているんだぞ」
 分かる、と聞きながらアニスは襟元までしっかりと閉じたエラントを緩めた。鎖骨から胸元を片手で開き、ヴァンに見えるように首を傾げる。
 そこには、不可思議な紋様がまるで光るように薄青く浮かび上がっていた。
 イギラ呪術師の紋様。
 その身に呪術的な紋様を刺青する事により、霊的に保護されるといわれるものだ。魔力を高め、集中力を補助する効果もあるため、比較的高位の黒魔道士の身体の一部によく見かけることがある。アニスはいつもエラントや黒魔道士のコートをきっちりと着込んでいて、殆ど肌を見せることはない。
 初めて見せるアニスの肌、浮かび上がる紋様の美しさはそれ自体がもはや芸術に近い。
「興奮すると、体温と魔力で光って見える」
 淡く光る紋様の一部に目を奪われ、ヴァンはそっとアニスのエラントを開いた。
「まだ分からない?もっと直接的な言葉で言おうか」
 上半身を覆う紋様に指をそっと這わすと、アニスはすぐったそうに身動ぐ。鎖骨、肩、胸、腹。順番に下ろしていった指はへそで止まった。次の言葉を待つように視線をアニスの瞳に戻すヴァン。
「俺はお前で勃つの」
 ヴァンの何かを言いかけた唇を塞いで、そのまま唇をあわせたまま続けた。
「もっとキスしたいし、もっと抱きしめたいし、触りたいし、そんな何度も寸止めされたらどうにかなりそう」
 唇をそっと啄む。
「肌を重ねたいよ」
 ヴァンの瞳が安心したように閉じ、触れあった唇から小さな吐息を漏れた。
「よかった、俺だけそう思ってるのかと思った」
 ヴァンはそう言うと、何かを言いかけたアニスの唇を塞いだ。


 汗ばんだ肌と肌がくっついては離れる。
 アニスの腰は内側のの感触を確かめるように押しつけられ、ややあって名残惜しそうに離れていく。そのゆっくりとした動きは、少しずつヴァンを追い立てた。しっかりと繋いだ手は白くなるほど強く握られている。
 頭の中が真っ白になっていく感覚にヴァンは頭を振った。言葉通り何も考えられそうになかった。ただただアニスの与えてくれる刺激をひたすらに求める。前後の刺激にあっけなく何度も達した。腹の上に零れた精液が、動くアニスの腹に擦られて淫靡な音を立てるのにも興奮する。
 瞳に映るのは濃茶色の髪を揺らしながら、ヴァンの上で微笑むアニス。
「気持ちいい?」
「つらくない?」
 ここまで来てまだ身体を気遣うアニスに、思いきりヴァンは締め付けてみせた。
「俺は気持ちいい」
 つらくない、と言えば嘘になる。開いた足も、浮いた腰も身体には馬鹿みたいに負担が掛かっている。連続で達したのもあってもう膝に力が入らない。
 それでも、やめてほしくないのだ。
 どうかしてる。
「繋がってるところ、見えたりする?」
「うっわ」
 つい、視線を下げてしまい、ヴァンは真っ赤になって口元を覆った。
 耳元に口付けるアニスの唇が触れる音。アニスが指で触れる場所。
 身体の中を穿つような激しい律動に我を忘れた。
 しっかりと背中にまわされた黒魔道士とは思えないほど逞しい腕。淡く光る首筋に顔を埋めて抱きしめ返した。
 熱に浮かされるように、アニスの耳元で囁く言葉。
「好き」
 アニスは小さく呻いて全身に力を込めた。
 動きが激しくなっていく。
 耳元で囁かれたアニスの直接的な愛の言葉に、ヴァンもまた身体を震わせる。
 身体の奥深くで、じわりと拡がる熱を感じると同時に、瞼の裏側が何度もフラッシュした。
 アニスの手が汗の浮かぶ額を拭ってくれた感触を最後に、先ほどまで真っ白だった目の前は、徐々に色を失って一面の黒になった。
 それでも以前のように暗闇に落ちていく恐怖はない。
 身体を包む暖かな感触が、全てを繋ぎ止めてくれている気がした。
「アニス」
 口に出した言葉は呼びかけではなく。
 まるで自分自身に刻み込むかのように繰り返される。
「ここにいる」
「アニス」
 指先が探す。
「ここにいるよ、大丈夫」
 絡めた指を力強く握られ、唇を塞がれた。
 ──此処に、居る。

 その言葉はなによりも心に染み渡った。






 

 

end