wish

 





 急激な周囲の変化についていけないまま二日が過ぎた。

 クラインもどうやら一緒に監獄行きになったようだった。
 罪状は暴力行為、だろうか。競売に近い場所で、何人もの人が見ている中で酷く殴られたのだ。言い逃れは出来ないだろう。正直なところ、男相手の性行為の強要が罪になるのか分からないし、画像による脅迫があったとはいえ合意の上だったと言われれば間違いなく合意だった。

 驚いたのは、アニスが裏でAQを潰しに掛かっていたという事だった。規模を縮小させることを目的としていた様子だが、あわよくば解散に追い込むつもりだったのは明白だ。
 それがアニスが行ったクラインへの報復。
 金と人脈を持った、頭の切れる男というのは恐ろしい。そう呟いたクェスのため息はきっと別の意味。
 カラナックをも操った地上HNM戦の激化。言葉巧みにLSへの不信感を煽り、実績のあるLSへの移籍を促す。そう仕向けるのだ。移籍や離脱でLSの繋がりが希薄になれば、統率もままならない。火種は着実にアニスによってばらまかれた。
 だけどその行為が逆にクラインを追い詰めた。
 クラインのストレスは全て暴力という形になってヴァンに向かったのだ。アニスは焦ってクェスに相談し、クェスは事を重大と見てアラシャに連絡をとった。最悪、全てを冒険者管理協会という第三者に委ねるつもりで。
 結果的に予期せぬ状況から第三者の手に移ったこの件は、大部分を闇の中に葬ったまま一応の決着を見せた。


 日常が戻ってくる。色褪せた風景が、色を取り戻す。
 ただ、ポッカリと空いてしまった何かが、時折ヴァンの歩みを立ち止まらせる。
 隣は空いている。顔を向けても、そこには誰もいなかった。

 そこには誰がいた?
 見上げる視線は、誰に向けたもの?


「おはよ、よく眠れた?」
 あくびをしながらそう声を掛けてくれるのはルルゥ。
 NMLSの方はアニスが戻るまで保留させてもらったが、メインLSの方は戻ったヴァンをまた普通に受け入れてくれた。ある程度事情を知っているポートンは、言いたいことが沢山あるだろう事を全て呑み込んで、口を一文字に結んだままヴァンを抱きしめた。ルルゥはヴァンの顔を見るなり強く頬をひっぱたき、何があろうと二度とパールを離すなと叱った。
 その光景が強烈すぎて、他のメンバは何も言うことが出来なかったのは言うまでもない。
「ん、そこそこ」
 夜は静かすぎて色んな事を考えてしまう。
 こんなにも夜が長いと思った事はない。こんな事ならモグハウスでじっとしてないでアサルトにでも行けば良かったと思うほど眠れない夜は長い。体を動かさないから眠れないのかもしれない、そう思って出かける準備をしていたらアルタイルが起きてきた。
「おっす、早いなヴァン。よく寝たか?」
 ヴァンはまあね、と曖昧に言葉を濁した。珍しく早いルルゥとアル。気を遣わせているのだと気付かないほど馬鹿じゃない。
「出かけるの?」
 なんとなく察したルルゥが声を掛けてきた。
「うん、ちょっとウルガランまで」
「ばっか、お前いつもENM程度で霜焼け作る癖にウルガランに何しにいくんだ」
「ヴァン。体力落ちてる時に身体冷やしたらダメだ」
 なんとなく静かな所に行きたくて、思い浮かんだウルガラン。いくつかの候補の中で苦手な寒い場所を選んだのは自虐的な理由だ。体力を消耗すればきっと眠れる。何も考えずに。
「ねえヴァン、アニスが居なくて不安なのは分かるけど」
「ルルゥやめろ」
「ちゃんと食べて、寝て、元気になろ?」
 アルが言葉にならないわめき声をあげる中、ルルゥはゆっくりとそう言って笑った。
 元気だよ、と言い返せなかった。はっきりと心の中を見透かされたようでヴァンは鎧を掴んだまま立ちつくす。


 アニスはいつ帰ってくるの。戻ってくるの。本当に戻ってくるの。
 テルしても無情に響く空虚な音。相手が不在のテル。
 送ったメッセージは開封されることなく点滅を続ける。


 顔を上げても、横を向いても、いつもいてくれた場所に、今いない。



「俺、まだ返事してない」
「うん」
 何が、とは聞かれなかった。


 ねぇ、俺のことまだ好きですか。
 我が儘だけど、今はただ、逢いたい。


 逢いたい。



 

 

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