Scourge/wish

 






「あの茶髪のシーフ」


「お前趣味悪いな」
「じゃあ、あっちの赤い髪のポニテ竜騎士」
「遊んでそうでいやだ」
「お前望みたかすぎない?」
 白門の噴水に腰掛けて、隣の男が指をさす女に点数を付けていく。
 こんな事をするために呼び出したわけではないのだが、何故か流れは好みの女の話になった。
「だって尻軽そうなのばっかり、俺なら」
 あまりにも女の趣味が合わなくてため息一つ。
 自分なら、と周囲を見渡して目にとまったのは女ですらなく。自嘲気味に唇をゆがめた。
 噴水の角を挟んでむこうがわに見える漆黒の髪を持つ見知った男。やけに目を引くのは珍しい青い鎖帷子を着ているからだけではない。相変わらず小柄で、細い肩が頼りなく見えた。また、少し痩せたか。
 誰かを待っているのか、待っている人物など一人しか思いつかないが、今はその人物は居ないはずだ。少なくとも自分よりも早く出てこられるとは思えないし、1ヶ月そこそこで出て来られても正直なところ困る。
 罰はお互い様だ。
 より償うべきなのは自分だが、別の意味で気にくわない。せいぜい苦しめ。それくらい願ってもいいだろう。
 彼は時間を気にしながらバルラーン通りを見ている。LSでアサルトでもいくのか。お陰でこちらに気付く様子はなかった。
「クライン」
 名前を呼ばれて慌てて視線を逸らすも、目敏く視線の先を追われる。その様子を見て笑いを堪える友人を睨み付けた。
「なるほど、趣味があわねえなと思ったら男か。ああいうの好み?」
「リディル見てただけだ」
「よくいう、そんな目で見ておいて」
 どんな目なんだろうか。そんな変な目で見ていただろうか。未練がましく見えたのだろうか。
 よく分からないな、と友人の方を向くと、友人は呆れたようにため息をついた。そういや、話してなかったかもしれない。
「話してなかったか、監獄なんで入ったか」
「あぁ?NMLSで揉めたとか聞いたけど。あとジュノのど真ん中で派手なバリスタ」
 あながち間違いじゃないな、と友人の例えに苦笑いを返す。
「俺、あいつにずっと暴力ふるってた」
 友人の表情が一瞬険しくなって、それからややあって一笑される。
「嘘だろ?」
「ホント」
「盛大な喧嘩でそのざまか、めでたい野郎だ」
 また苦笑い。脅迫して、強姦したことをは伏せた。
 俺はずるい。友人は視線を下げ、少しだけ考えてから小さく首を横に振った。彼は何故、とか聞かない。


 監獄は凄い所だった。一気に頭が冷めた。そして、自分自身のことを色々知った。
 自分がしてきたことを後悔するだけの時間はたっぷりあって、毎日目が覚めては後悔する事の繰り返しだ。だけど、それと同時にもう一人の自分が居ることに気付かされる。

 痛みに歪む表情、怯えた視線、あきらめにも似た謝罪の言葉。それを思い出すだけで、下半身に血がたまるのを感じた。体中に残る酷い痣が、自分が付けたものだと思うだけで勃起する。
 あの小さな身体を押さえ、殴りつけ、無理矢理領域を侵していく。
 絡みつく熱い内側と対照的に、泣きながら冷えていく細い指先。終わった後、風呂場でシャワーの音に隠れて啜り泣く姿は堪らない。見た目以上に脆くて、涙腺がだらしないやつ。闇の宝珠のように、僅かに紫電をたたえた瞳。泣いて赤く腫れた目が、何かを言いたそうに自分を見つめてくる。それがふとした拍子にまた涙でじわりと潤むのだ。

 けして、ヴァン・デリングという男は、女のように可愛いわけではない。
 ヒュームにしては小さいとはいえ、戦士を生業にしているだけあってしっかりと鍛えられているし、多少年齢より若く見えるものの、その顔立ちは青年だ。
 女の方がいいに決まってる。
 だけど、何故か目が離せない。
 征服したくなる。
 支配したいと思わされる。
 俺のものにしたいと、そう俺の中の何かが囁いた。


「俺の中には、残虐性を秘めたもう一人の俺がいた」


 彼には絶対に他人に言えない理由があった。元々の性格か痛みを教えれば抵抗することはなかったし、自分に対し従順であり続けた。だが我慢をする態度が火に油を注ぐ。行為は次第にエスカレートした。
「よせよ、こんなとこで話す内容じゃない」
「まあ聞け、どうせお前以外誰も聞いてない」
 聞きたくないのか、いたたまれなくなったのか、友人は顔を背けてしまった。
「暴力を振るっていたとき間違いなく俺は正気だったよ」
 これが業だというのなら、なんて深い。なんて罪深い。
「愛してた」
「…わかんねぇ」
 正直な友人の言葉に少しだけ救われる。わかってたまるものか。
 殺してしまいたいほど、愛してた。
 話を知ったアラシャが咎めなかったら、あの黒魔道士が力ずくで止めなかったら、いつかあの細い首に手を掛けて、力を込めて、愛してるって囁きながら殺しただろう。もしかすると殴り殺す方が先だったかもしれないが。
 そして俺は二度と目を開けない彼に縋って泣くのだ。
 矛盾だ。嗚呼、むしろ倒錯。
 従順であり続けながらも、俺に屈服しなかった男。
「愛してたんだ」
 繰り返した言葉に、友人は深いため息をついた。
 目で追うのは黒い髪の。細い小柄な彼。隣にいるべきのスパイシーな癖に臆病な黒魔道士の姿はない。
 ざま見ろ。最初から手に入れていた癖に、繋ぎ止めて捕まえておかないからだ。それが出来る立場にいながらしなかった臆病者め。ふらふらさせておくなよ。またかっさらいに行っちまうぞ。
 そう思っても、次近づけば何もしなくても終わりが来る。
 殺してしまう前に手を離れて良かった、と思うべきだ。
「クライン」
 視線を逸らしたまま名前を呼ばれる。
「まだ、愛してる?」
「そうだな」
「やっぱ俺にはわからん」
 笑いかけているあのヒュームはLSメンバだろうか。
 あの笑顔もいいが、自分なら苦痛と快楽に歪んだあの顔がいい。
「お前さ、少しこの街離れた方がいいと思う」
 確かにその通りだ。自分でもそう思う。彼を見えないところに行くべきだ。
 自分だって知らなかった。異常だという自覚くらい当然ある。
「まあ、今日お前を呼び出したのには一応理由があって」
 急に立ち上がると、友人は怪訝な顔を向けてきた。


「今日でさよならなんだ」


 最初に言うべきだった言葉を最後まで言えなかったのは、隣にいる男が自分の側に最後まで残った友人だったからかもしれない。自分がやったことは許されるべき事ではない。離れていったやつらは正しい。
 これが自分が受けたもう一つの罰。
 社会的罰だ。こればっかりは後悔しても遅い。
「やめんのか」
「やめるっつーか。籍は残しておく。首の皮一枚繋がった資格だしなぁ」
 思わず吹き出してしまう。お前はこの姿を見て何も思わないのか。
 あれだけの事をやって、これだけの罪で済んだのは、彼が殴るなどの暴力を受けたという事だけをお上に報告したからだ。実際報告したのは彼じゃないだろうが、LSメンバであれ彼自身であれ、全てを話すには凄惨すぎる記憶。その行為は二次レイプと変わらない。
 資格を剥奪されると思っていた冒険者の籍はまだ生きている。
 だが、それは冒険者であり続けることを許されたわけではない。
 許したわけじゃない、とあの男が残した火傷が痛みを伝える。
 未だ残る罪の痕。
 消えない火傷。


 これはあの男の落とした俺への天罰。
 そして、あの男の犯した罪。


「戻ってくるんだよな?」
「さあな」
 動かない利き腕をかばうようにして荷物を持ち上げる。持ちやすいように荷物は最小限にとどめた。反動を付けた手から、友人がそっと荷物を持ってくれる。
「治せよ、で、戻ってこい」
 そう言って背中を軽く叩かれた。
 この街でやることは、余計な事も含めて全部済ませた。


 最後に、もう一度だけ視線を向ける。


 愛していた。
 四肢を切り落としてでも自分のものにしたかった。

 信じないかもしれないが、愛していたんだ。
 その血の一滴にいたるまで。