wish

 





 ───止まっていた砂時計が、何かをきっかけにまた落ち始めるように、ゆっくりとだけど俺の時間もまた動き始めていた。


 珍しく外に呼び出されて、何を要求されるのかと思ったらフェラチオだった。
 競売裏の狭い路地に引っ張り込まれて、男のペニスを頬張るという行為は背徳的、というよりもはや滑稽で。時間がないなら諦めろよ、と思いつつも、こんなところにまで呼び出してまで自分のどこがいいのだろうと不思議に思ったりもする。
 口の中まで男女の差があるのか、と言われればないだろうし、して貰ってる方からすれば男にしゃぶられていようが女に舐められていようが同じなのかもしれない。
 それでも、女の子にして貰いたい、と思うのは視覚的な何か、か。
 だけど多分、跪かせてしゃぶらせるという行為は征服感があるのだろう。少なくとも、クラインはしゃぶれば勃起する。だから早くしろ、と言われるときは大抵口で勃たせた。
 勃起してくると切れた唇や傷つけた咥内が痛むが、そうやって痛みに顰めた表情がクラインを煽る事をヴァンは知っている。痛みは我慢すればいい、それが数ヶ月の行為で覚えたことのひとつだった。

 クラインは誰かとテルをしている様子で、端末を耳元に当てて何かを喋っていた。話し声は届かず、時々耳で拾う短い言葉では何の話かさっぱり分からなかった。見上げていると時折顰められる表情は、ヴァンが施す行為への反応か、それともテルの内容か。後者だった場合、終わった後殴られる覚悟が必要だ。
 テルが終わるとクラインはヴァンの頭を押さえつける。
 喉の奥に入り込む苦しさに咳き込むも、押さえつける手は緩まない。

 やがて咥内に吐き出された白濁を、ヴァンはそのまま地面に吐き出した。
 僅かにむせる口元を手の甲で拭ってクラインを見上げる。
 いつの間にかいろんな事を覚えた。
 好きな体位、癖、気持ちがいいところ、機嫌の取り方、そしてどうやったら喜ぶか。
 殴られなくて済む方法、殴られたときの意識の保ち方、謝罪の言葉。
「後ろの壁に手ついて、頭下げな」
 立ち上がって言われたとおりにすると、クラインがうなじに唇を押し当ててきた。
「お前正面からのが好きなんだっけ」
「どっちも、好き」
 囁かれる言葉に返す言葉は上辺だけ。
 でも、誰に抱かれているか分からなくなるよりは、顔が見えている方が安心する。後ろから抱かれているときに不安げに何度も後ろを振り返る癖は、あっさりと見破られていたようだ。
「嘘付け」
 鼻で笑ったクラインが、指を口に突っ込んできた。
 咥内に残ったクラインの吐き出したものを指で絡めて、その指は尻に深く沈む。その冷たい感触に喉が鳴った。クラインの手に促されて、壁に付いた手を下げるとすぐに指は引き抜かれて、代わりにクライン自身が挿入ってくる。
「は、…いっ」
 慌てて口を覆って零れそうになる声を押し殺す。
 太腿を抱え上げられ、壁に押しつけられるようにして揺さぶられた。その堪えた様子がいいのか、それとも野外という状況が興奮させるのか、クラインの動きは激しい。ほんの数メートル先を人が歩いて行くという中で、ヴァンの耳に届くのは内蔵をかき回される水音。
「…っん、う…!」
 声があふれ出ないようにきつく目を閉じる。
 こんな状況なのに、お互い馬鹿みたいに興奮しているのが繋がった場所から分かった。勃起したペニスを擦られて目の前にが真っ白になっていく。数ヶ月前、あんなにきつく酷い思いをした場所も、今では快楽を紡ぐ性器に変わり果てた。突っ込まれて、散々奥を突かれて、どうしようもないほど心も体も追い立てられる。
「ア…声、でるっ」
「だしちまえ、見られても平気だろ」
 よくない。
 よくない、なんのために我慢しているのか。ヴァンは首を横に振った。
「じゃあ、口押さえてろ」
 言われなくても、と食いしばった歯は、直後襲ってきた衝撃に鈍い音を立てた。終わりの見えない螺旋階段を駆け上がっていくような息苦しさと、空中に放り出されるような浮遊感。最後の瞬間、声を上げなかったかどうか、定かじゃなかった。
 は、と背中に吐かれた息で、クラインが中に吐き出した事が分かった。
 二人で荒い息をついて、ヴァンは壁についていた手を外す。クラインの指の間から地面に零れる滴は、ヴァンが吐き出したものだ。クラインがヴァンの中から引き抜くと、今度はクラインが放ったものが音を立てて地面に零れる。吐き出した精液の、青臭い匂いが嗅覚とともに思考までを麻痺させた。
 そのままヴァンは地面に蹲るように腰を落とすと、頭を壁に預けて呼吸を整える。
「まだ、する?」
「この後少し予定がある。後でテルするから待ってろ」
 汚れた手を拭いて、額に浮いた僅かな汗を拭うとクラインはため息をついた。その様子は酷く疲れているように見える。
「あんたさ、もしかして疲れてる?」
 すぐに返事はなかった。
 クラインはじっとヴァンを見下ろし、ややあって視線を逸らすと路地から出て行った。




 

 

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