wish

 





「おい、クライン。大事な話が」

 突然声が響き、レンタルはウスのドアが開いた。
 ヴァンの中にはまだクラインが入っており、ヴァンは足を開いたまま驚愕の瞳でドアを見る。
「うわ、悪い」
 慌てて視線をそらし、ドアを閉めようとする男をクラインが止めた。
「いい、今終わった。なんの話だ」
「いやそうじゃなくて」
 男の視線は何度もヴァンを見ては床に戻された。
「そいつ、見覚えが」
「ああ、気にするな」
「やばいこと、やってないよな?」
 身体中に残るあからさまな殴られた痕が気になるのだろう。酷く狼狽えた男はヴァンとクラインを見比べる。ヴァンはすぐに目をそらすとゆっくりとその身からクラインを引き抜き、身体を丸めてクラインの背後にかくれた。
 その様子にクラインは軽く喉を鳴らして笑う。
「それで、何の話だ」
「あ、いや。その、ローランとチドリがLS抜けるって」
「またか」
 ため息をついたクラインに、その背後にいるヴァンがびくりと肩を震わせた。怯えたその様子は誰が見ても普通ではない。男の視線がヴァンに向いているのを知って、クラインは男を睨み付けた。
「ローランは、フレがLS立ち上げたから一緒になるって話だけど十中八九移籍。チドリはアラシャについていけないて言い出した」
「どっちも有能な連中だな」
「うん、それもあって緊急でアラシャがミーティングするって言い出してね」
 多分、アラシャというのがクライン達のLSリーダーなのだろう。名前の語感からして女性のようだが、狩り場でそれらしき人物を見た記憶がなかった。それよりあまり聞いていてよい類の話ではないように思えてヴァンは居心地の悪さに肩を窄める。
 LS内部のもめ事ほど面倒なものはない。最近クラインの機嫌が悪い理由がそこにあるとしたらたいした八つ当たりだ。
「上層の酒場押さえてあるから、準備出来たら来てくれ」
「しょうがないな」
 面倒くさそうにクラインが近くにあった服を手に取る。隠れていたのに、クラインが動いたせいでまた男と目が合ってしまった。どちらにしても、このまま居るわけにはいかなさそうな雰囲気に、ヴァンも下着を探して手を伸ばす。
「ヴァン、またテルする」
「うん、帰る」
 着てきた服をとりあえず羽織ると、ヴァンは立ち上がった。太ももをクラインのものが伝ったが、それを気持ち悪いと思う余裕はなく、支度を調える。クラインは風呂に入る気らしく、服を手にとって浴室へ行ってしまった。
 ヴァンの着替えをじっと見ている男の視線には気づいていたが、浴室から水音が聞こえ始めると、待っていましたとばかりに男が話しかけてきた。
「ねぇ」
 顔色を伺うように、声を潜める男。
「その、クラインがやったのか?」
 どう答えていいか分からずヴァンは着替えの手を止めた。
「殴打の痕に見える、余計なことかもしれないが」
 男は眼鏡を指で整え、無言のヴァンから視線をそらす。
「正直、うちでこれ以上の揉め事は困るんだ。何かあれば俺に連絡を」
 男は小さな羊皮紙に自分の連絡先を書くとヴァンに握らせた。なくしたり見つからないように、と念を押され、ヴァンは礼服の内ポケットにしまい込む。
「俺が、クラインに言うとは思わないの?」
「君は言わない」
 はっきりとそう言い切られ、さあ、もう行きなさいと男はヴァンを促した。

 風呂場の水音はまだ続いていた。




 

 

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