wish

 





 日増しに機嫌の悪くなるクラインにヴァンは翻弄された。

 行為はエスカレートしていった。手をあげられる回数も増えて、治らない傷がヴァンを蝕む。このままいけばいつか殺されるかもしれない。だけど、結局立ち止まった脚はそこから動けないままでいた。

 アニスとは結局答えは出せないまま、あの日は別れた。
 差し出された手を安易に掴むことを躊躇った。今のこんな状況が、差し出される手なら相手が誰であれ、すがってしまいそうで怖かった。
 あの日、藁に縋るような思いでクラインの手を掴んだように。

 アニスは上手くクェスを誤魔化したのか、クェスからテルが来ることはなかったが、代わりに薄汚れたチョコボ優待券が一枚ポストに送られてきた。このチョコボにのって、どこまで行けるのだろうかと、ふと思い立ってチョコボを借りてワジャーム樹林に飛び出してみる。
 小高い丘、皇都アルザビが見える場所まで駆け上がった。
 そのまま一周して、バフラウ段丘に向かいゼオルム火山を仰ぐ。
 斜陽の影、チョコボが一声切なげに啼いた。
 背から降りると、長い間一緒に旅をしてくれたチョコボを撫でる。チョコボは少しだけ心配そうにヴァンに嘴をすり寄せてきた。何度も振り返りながら、レンタルチョコボは仕事を終えて一人帰路につく。人を一人背に乗せて何時間も走るのは彼らにとって大変な負担だろうに。
 そして、何時間も走って、自分はこうしてまだバフラウ段丘にいる。
 どこにも行けやしないのだと、改めて思い知った。

 薄闇に染まっていく景色を見ながら、落ちていく夕日に手を伸ばす。
『何処にいる』
「チョコボで観光してたらレンタル時間過ぎた」
『何やってんだ』
あまりにも夕日が綺麗で、うっとりとそう答えると、クラインの不機嫌な声がぴりぴりと耳に伝わってくる。慌てて腰のポーチから携帯していた呪符デジョンを取り出すと封を切った。
「ごめんすぐ戻るから、レンタルハウス行けばいい?」
『白門の方で…』
 最後は魔力の渦に飲まれて聞き取れなかったが、聞き返すのも面倒でそのまま白門のレンタルハウスへと向かった。アトルガン皇国の居住区はかなり広く、宛がわれる部屋もジュノやその他のものに比べると格段にいい。特に収納スペースが大きいので、こちらに引っ越した冒険者は多い。
 すぐにクラインの部屋に脚を向け、控えめにノックをするが返事がない。
 入ってこい、という事かと思ってドアノブをまわしてみたが、カギが掛かっていた。部屋を間違えたかと思って振り返った瞬間、クラインが居た。どうにか呑み込んだ悲鳴、破裂しそうな程に跳ねる心臓。
「早かったな、急がなくていいと言ったのに」
 ちょっとでも遅れたら殴る癖に。
 そう思っていたら、気付かれたのか腕を掴まれて部屋に押し込まれた。まるで脱ぎ捨てた服のようにベッドに放り投げられ、覆い被さってくるクラインの身体。珍しく殴られることなく、クラインの長い指が尻を這う。
「ん、う」
 声を上げると口付けられて、咥内を舌が舐め回してきた。
 香る仄かなアルコール臭。
 今日はいつもより機嫌がいいのだろうか。首にまわしかけた両腕を躊躇って、クラインの様子を伺う。クラインの肩に、見覚えのある鱗の欠片を見つけて、嗚呼今日は釣り勝ったのかと納得した。
 なんとなく苛立ちの原因が獲物を狩れたかどうかだということには薄々気付いていた。クラインは何一つそういう事を言わなかったが、かなり前に聞いた地上HNMLS同士の激化が関係している事は想像に容易い。
 久しぶりに丁寧に慣らされて、驚くほど体中を触られる。
 その手は優しく、ヴァンの快楽を少しずつ織り上げて紡いでいった。
「今日はやけに素直に喘ぐな」

 殴らないからだ。

 深く、奥を貫くクライン自身が、今日はやけに鮮明に感じた。握られたペニスが痛いほどに反応する。逃げ出しそうになる身体を押さえ込まれて深い部分を抉られ、ヴァンは声を上げて仰け反った。
「いつもそれくらい可愛げがあればな」

 殴らないのに?

 聞き返そうとした言葉はクラインが腰を深く沈めた事で呻き声に変わった。
 腹の奥で、熱が爆ぜる。
 そのままクラインの指はヴァンの先端を擦り上げ、直接的な刺激にヴァンは唇を噛みしめた。その刺激にあっけなく果て、クラインの手のひらに吐き出すと彼はとても楽しそうに笑いながら口付けてきた。
「最近ちっとも勃たねぇから不能になったのかと思った」
 酷く殴られると痛みばかりに気を取られるからか、ペニスを直接擦られても勃起しないのだ。身体は萎縮し、クラインへの恐怖と、次の攻撃に備え緊張する。
「治らんな、お前栄養足りてなくないか?」
 殴られた時に出来た唇の端の傷を親指で撫でながらクラインが言った。
 やけに饒舌なのは酒のせいなのか、腫れた頬と消えかけては付けられる痣をクラインの指がなぞっていく。
 全てクラインが付けた傷だ。治りかけたところで酷く殴られて痛みと腫れがなかなか引かない。鼻の粘膜も随分と弱くなって、ちょっとした衝撃ですぐに鼻血が出るようになった。
「なんだ」
 口を噤んだヴァンに怪訝な表情を向けるクライン。
 クラインには、ヴァンを酷く殴りつけているという意識がない。血が飛び散ろうともお構いなしだった。


「なんでもない…」




 

 

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