Confession

 




 青白い満月が、湖の頭上に差し掛かる。

 クラインがランペールの墓を越えてジャグナー森林に着いたとき、ヴァンは大分落ち着きを取り戻しているかのように見えた。
 月明かりのせいもあって色を失った冷たい唇が、クラインを呼んだことを僅かに後悔している、と言いたげに堅く結ばれている。それでもこの場所を移動していないのは、最初に言った通り本当に動けないのだろう。
「大丈夫か」
 唇が何かを伝えようと少しだけ開かれるて閉じた。
 手を取ると、氷のような指先がクラインの手を素直に握り返す。


 サンドリアに着いた頃には、月は既に頭上を通り過ぎていた。
 道中、ヴァンはクラインの背中で何度も意識を飛ばした。話しかけられる言葉はなく、クラインは黙ってヴァンを背負ってサンドリアまで歩いてくれた。
 部屋に入るなり、ヴァンは服を着たまま浴槽に放り込まれ、頭から熱いシャワーをかけられる。あっという間に蒸気が浴室全体を包み、クラインは軽く袖をまくるとゆっくりとヴァンの服を脱がし始めた。
「寒くないか」
「…だいじょうぶ」
 このままもう一度抱かれるのかと覚悟したが、クラインの手は服を脱がすと離れていった。濡れた服を籠に放り込んで、浴室を出て行く。心地よい湯に打たれながら、凍っていた節々が溶けていくような感覚を味わっていると、クラインが戻ってきてマグカップを差し出してきた。
「変なものじゃない、ホットチョコ」
 少し躊躇ったのが分かったのか、クラインはヴァンにマグカップを握らせると距離を置いて腰掛けた。
 ホットチョコレートはほろ苦く、冷えた身体に染み渡る。
「洗ってやろうか」
「どこを…」
 目を上げると呆れた表情のクラインが肩を落とした。
「自分でできんのか?」
「うん」
 頷いて目を閉じると、浴槽の縁に頬を預けた。
 先ほどまでの見えない暗闇に落ちていく感覚はない。その代わりに浮遊感が襲ってきて、気を抜くとこのまま眠りに落ちてしまいそうだった。ゆっくりと指を一本、口に含むと何故かクラインが喉を鳴らした。
「こういうの、好きなんだ?」
 わざと音を立ててやるとクラインが視線を逸らす。
「いいからさっさとやっちまえ、大分時間たってんだろ」
「殆ど流れ、た、よ」
 膝を立てて指を伸ばし、瞬間に唇を噛んで耐える。痛みに仰け反ると、クラインが腰を上げた気配がした。
 どうせ掻き出しても、またすぐに中に出されるに決まっている。無駄な行為だ。
「ねぇ、俺どうしたらいいの」
 近寄ってきたクラインが縁に預けていた頭を抱えてくれた。
「ここにずっといたらいいの」
「お前は女と付き合った事もないのか」
 あるけど、と言葉を濁す。
 誰かのものになる、なんて初めてだ。
「手を繋いでアルタユでデートする?」
「お前は天然なのかなんなのか時々わからんよ俺には」
「…どうしてたらもうあんな事しない?」
 あんな事、というのが今回のことであるのは簡単に予想が付く。

「セックス、する?」

 頬を撫でたクラインの手のひらに唇を押しつけて、ヴァンが言った。



「あっ、あ」
 後ろから腰を掴まれ激しく揺さぶられる。
 疲弊しきっていたからか、突き上げられるたびに眩暈がした。体中どこもかしこも緩んでいて、力が入らない。ぼろぼろと溢れた涙が鼻を伝ってベッドの上に染みを残す。
 クラインは一言も話さないまま、浴槽からヴァンを引き上げると引きずるようにベッドまで連れて行った。そのまま投げ捨てるようにベッドに放り出すと頭を押さえつけて身体を割り開いたのだ。
 ギリギリまで引き抜かれて、押し込まれる。身体がそれにあわせて、まるで人形のように動いた。内側を酷く擦られる熱に大きく開かれた太腿が震え、唇を噛んで零れそうになる声を押し殺す。
 クラインが自らの快楽だけを追い求めてくれているのは、随分と助かった。後ろの感覚はとうにない。射精を促すようにクラインが性器を握ってきたが、勃起することはなかった。

 背後でクラインの息を飲む音が聞こえる。力を入れて締め上げてやると短いうめき声が洩れた。
「だす」
 そう言うと同時に身体の中にあったものが引き抜かれ、太腿に生暖かな感触。
 ヴァンは目を閉じる。中で出さなかったのは、クラインなりに気を遣ってくれたのだろうか。
「ねぇ、ごめん。このまま寝てもいい?あんたのベッドだけど」
「いいから寝ろ」

「ごめんなさ」

 謝罪の言葉は最後まで発されることはなく、すぐにヴァンの規則正しい寝息がクラインの耳元に届いた。
 



 

 

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