Scourge

 


 予定時間の2時間程前には、既にLSメンバーの殆どが慟哭の谷にいた。
 僅かに遅れてヴァンはテリガン岬を走る。慟哭の谷は、テリガン岬の合間にある小さな谷間の名前だ。そこに、巨大な亀が現れる。
「ヴァン、遅かったな」
 テリガン岬を走っていたらリンクパールからそう声を掛けられた。
「ごめん、洗濯してたら予想外に時間喰っちゃった」
 じっとしていれば大丈夫だが、動くと腰が重く感じるのは気のせいではない。腰から下げた手斧がいつもよりも重く、動きが鈍い。いつもよりも移動に時間が掛かった理由を洗濯のせいにして、ヴァンは背筋を伸ばして大きくのびをした。
「ヴァンの私生活って想像できないわ。洗濯とかできるの?」
「できるよー」
「普通はモーグリでしょ」
「ヴァンのはモグに洗わせる事の出来ないものか」
 確かに自分のかも他人のかも分からない精液で汚れた服をモーグリに渡す気にはなれない。
「違うけど、自分でするときもあるよ」
 変な方向に話が流れそうで、ヴァンは笑って誤魔化すと早々に話を終わらせた。
 リンクシェルメンバーの3割は既に妻帯者で、自分を除く殆どが30代も半ばとなれば若いヴァンのプライベートは格好のネタだ。つい最近も友人の彼女と食事をしていただけで偉い騒ぎになったばかりだ。彼らに悪気があるわけではないが、年齢差や温度差をそんなところで感じたりもする。
「うわ、カラナックんとこがきやがった」
 突然リンクシェルで白魔の悲鳴があがった。
「相変わらず無駄に爽やかな笑顔振りまいてんなー、あの笑顔にダマされた女は数知れず」
「だが男所帯の俺達にはきかん」
「ネコに謝っとけよ」
「オスラに用はないのだ」
 にわかにリンクシェルが騒がしくなり、慟哭の谷に人が集結したのを感じた。
 風の通り抜ける音を聞きながら慟哭の谷に足を踏み入れると、砂塵吹き荒れるテリガン岬とはうってかわって、突き抜けるような満天の星空が視界に飛び込んでくる。雲間から覗く赤い月がやけにくっきりと見えた。
 人が揃った事で、戦闘の準備をし始める空気が漂った。先ほどまでの喧噪は消え、各LSのリーダーからの指示が飛ぶ。少し離れたところで、アニスの指示をぼうっと聞いていたら、いつの間にか近くに寄ってきたカラナックに腕を掴まれた。
「おい、なんでアッチの連中といたんだ」
 そう囁かれて、今夜カラナック達がここにいた理由を理解した。この男はリンクシェルを巻き込んで確認しに来たのだ。
「アニスに言った?」
「それはまだ。言って欲しくなさそうな顔してるな」
「黙っといて」
 短く会話を切り上げようとするも、カラナックはいつになくしつこい。
「終わったことだから、黙っといて。俺は大丈夫だし、移籍とかそんな話でもないから」
 念を押すとカラナックは少しだけ目を細めた。





 結局予定時刻ぴったりにアスピドケロンは姿を現した。
 一斉に緊張が走る中、戦闘の火蓋を切ったのはカラナックのLS。
「ちっくしょう、カラナックにやられた」
 占有権を得られなかったLSが、速やかに戦闘区域から離れて行く。ヴァンもまた、戦闘区域から離れた。
「やつの笑い声が聞こえてくる気がする」
「なんか懐かしいなぁ」
「取り合いしてたの何年前だっけね」
 遠巻きに戦闘の様子を見ながら、LSのメンバー達は楽しそうに笑った。
 カラナックのLSは、うちとは違って、きびきびと指揮にそって動く。うちが統率採れていないわけではないが、カラナックの所は今にも一列に並んで敬礼でもしそうな、そんな雰囲気がある。今でも新人を採用してるし、規則も細かいと聞いた。
「ナックの所じゃ崩れることはないだろな、今日は解散か」
「集まっただけだし祝勝会はなしだね」
 倒した時間なんか後で聞けばいい、そんな雰囲気で、全員が帰宅準備を始めた。ちらりと向こうに目をやると、あっちのLSも解散の準備をしている様子だった。
「ヴァン、デジョンいるんけ?」
 なじみの黒タルが声を掛けてくる。もう何年も冒険者をやっている癖に、田舎の方言が抜けない。
「亀みるの久しぶりだし、ナックんとこの戦闘見て帰る」
「カジェルか呪符あるんだろうな?」
 そのやりとりを聞いていたアニスが横から口を出してきた。
「あるよ」
 LSメンバーを何人かデジョンで送って、ひとしきり雑談を終えた黒魔達もちらほらと帰り始める。
 白魔の乗り合いテレポも飛んでいって、あっという間に人が消えた。賑やかだった数分前が信じられない。数人残ってる黒魔達に手を振って、ヴァンはカラナックの戦闘している場所に少しだけ近づいた。僅かな段差の上で腰を下ろす。
 激しい精霊魔法の光が、暗い周囲を花火のように照らした。遠くから見る精霊魔法はまるで玩具のようで、戦闘をしているなんて思えない程幻想的だ。
 パチパチと弾ける精霊の音が、近づく足音を消していた。
 突然後ろからあごを捕まれ上を向けられると、覆い被さるように唇を塞がれる。
「ん、あ」
 慌てて振りほどき、顔を押しのけると、本来であれば二度と見たくもない顔がそこにあった。
「てめえ、いい加減に」
「大声出すなよ、唇くらい減らないだろう」
 後ろにしゃがみ、ヴァンを背中からのぞき込んで男は笑った。口の中で減るよ、と呟いてみたがそのまま声に出すことはやめておく。
「これ、プレゼント」
 手には安っぽいなめし革の封筒。ヴァンはいぶかしげに男を見上げた。
「今後も仲良くして頂戴」
 戯けて見せた男の態度に、ヴァンは嫌な予感がして封筒を受け取る。
 開く指が震えた。
 砂の地に、音を立ててゆっくりと封筒が落ちる。
「綺麗に撮れてるだろ」
「な、んで」
 男は背中からヴァンを抱きかかえ、剥き出しの首筋に唇を落とした。
「お前は男だけど、どんな女より具合よかった」
 ヴァンの膝を開かせ、背中のベルトを外した。肩当てが砂に落ち、鎖帷子が擦れた音を耳に届ける。



 

 

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