Scourge

 


「ひぁ」

 膝の上に乗せられて、後ろから狭い内側を割り開かれる。随分丁寧に慣らされたからか、それとも人の身体は意外に早く順応するのか、痛みは最初に比べれば和らいでいた。それでも先端が埋まる瞬間の、自身がそれを飲み込む感覚は耐え難い恐怖だ。
 身体の中に感じる異物は恐ろしいほどの圧迫感を持っていて、気を抜くと胃がせり上がるような感覚を受ける。あり得ないものを受け入れているはずなのに、その行為は不快感と一緒に僅かな熱をもたらす。
「ン、熱い」
 口に出してから恥ずかしくなって慌てて口を覆った。
「お前のなかのが熱いよ」
 笑いながら耳元で囁かれる甘い声。首筋を強く吸われ喉が反る。
 膝の力が抜け、自重でさらに奥深くまで受け入れてしまい、ヴァンは悲鳴を上げた。
「くるし、い」
「腰あげて、自分で落としてみ?」
 男はヴァンの開いた太ももの内側をそっと撫で、軽く握る。
「太ももに力入れて、そう」
 腰を落とすときに一緒に先端を強く擦って、次を促した。快楽を求めて、ヴァンの腰が緩やかに上下するのを満足げに眺める。細切れの悲鳴が吐き出す息と一緒に洩れた。逃げるように両手を前について、腰を浮かすヴァンの細い腰骨を握ると、背筋が快楽に震えたのが分かった。
「頭下げろ」
 背中を押し、ヴァンの体勢を変える。頭を砂地に着け、腰だけを上げさせると、絡みつく内壁の感触を楽しむように少しだけ抜いてから、一気に押し込んだ。
 ヴァンは息を詰め、拳が砂を握る。
 砂地に落ちるのは汗か涙か。掴んだ砂は指の間から零れていく。腰を突き出すたびに、ヴァンのなめらかな背中が上下した。それがやけに艶やかで、男は背中に口付けると、細い腰を掴んで乱暴に責めたてた。
「そこまでだ、糞野郎」
 突然ヴァンの背中と、男の間に美しい装飾の杖が差し込まれた。僅かに帯電した属性杖がパチリと音を立てて弾ける。
「ア、アぁ」
 怒気を含んだ聞き覚えのある声にヴァンの背中が震え、顔を背け蹲るように背中を丸めた。
「まずは離れな」
「物騒だな。俺達は合意の上なんだ」
 頬に掛かる少しだけ長い髪の房が、練り上げられた魔力で揺れる。ひとたびアニスが解放の言葉を紡げば、すぐにでも巨大な雷が男の頭上に落ちるだろう。それをしないのは、今まだ、男がヴァンと文字通りの意味で繋がっているからだ。
「合意だと、笑わせるな」
 鼻で笑って砂地に落ちた封筒を拾うと、アニスは男の前でそれを振って見せた。
 男は肩をすくめると、ようやくヴァンの腰から手を離し、ゆっくりと中から引き抜く。それはいやな水音を立てて引き抜かれ、一緒になって溢れ出たオイルなのか体液なのか分からないものは砂上に染みをいくつも作った。
「ヴァン、動けるな?服を着てこっちへ来い」
 詰まった息を少しずつ吐き出して、ヴァンは服を手繰り寄せる。太腿が震え、上手く体が動かなかった。もたつくヴァンに冷たくアニスは言い放つ。
「鎧は後でいい」
 アニスは封筒に入れられたものを取り出して眺めた。目を閉じてため息をひとつ。そして火炎の詠唱を紡ぎ、一瞬で封筒ごと消し炭にした。
「覚えておけ」
 男は一瞬目を細めた。アニスは服を着たヴァンの腕をとって自分に引き寄せる。
「これは俺のものだ。ぶちこんでいいのも、命令していいのも俺だけだ」
「あんた何いってんの?」
 萎えるわ、と男は呟くと頭を振った。
「てめぇに同じ事警告してんだよ、人のものに手を出すなってな」
 アニスが口の端をあげて笑った。男は眉間にしわを寄せてアニスを睨む。
「失せな」
 顎で指示すると同時に、離れた場所で雷系最大級の精霊が、いくつも同時に、轟音をたててはじけた。まばゆい紫電の光が、アニスの頬に冷たい色をうつす。
 ゆっくりと立ち上がった男はアニスから視線を外すと背中を向けた。


「あっちも終わったな」
 男の背中が見えなくなるのを確認すると、アニスは目をこらしてカラナック達が戦闘していた方向を眺めた。精霊の轟音とともに周囲は暗闇に戻ったせいで、今どうなっているかここからでは確認することは叶わない。だがあの精霊の光が、最後のとどめとなるものであることは想像にたやすい。
「ナックが気付く前に帰るぞ」
 そう言ってヴァンの肩を優しく叩くと、アニスは砂上に散らばった鎧を拾い集めた。
「アニス、どこから」
 見ていたの、と続きかけたヴァンの言葉は、アニスの詠唱したデジョンの魔法でかき消される。突然視界が暗転し、見慣れたジュノの上層が視界に現れた。適応できずに膝をつきかけた身体を追いかけるように姿を現したアニスが強く掴む。
「大丈夫か、一声掛けるべきだったな」
「アニス」
 なおも口を開きかけたヴァンに、話は後、と牽制してアニスはヴァンを引っ張ってレンタルハウスに入った。区画は同じ上層だが、明らかにヴァンの部屋とは違うそこは、アニスの部屋だ。所狭しと積み重なっている本、机の上はモノを置くスペースすらない。本棚に入りきらない本が、いくつも床に積み重ねられている。
 さすがに自分の部屋をよく分かっているアニスは、積み重なった本の間を抜けてヴァンをベッドに座らせた。そして自分はキッチンへいくと、無造作に置いてあったグラスを二つと、酒瓶を手に戻ってくる。
「横になっていいぞ」
 首を横に振ると、アニスはグラスに少しだけ酒を注いでヴァンに渡した。
「とりあえずそれ飲んで落ち着け、俺もお前も、な」
 下ろした視線をアニスに向けてヴァンは言葉を飲み込む。一瞬だけ視線が交差し、ややあってヴァンは渡された酒を一気に飲み干した。それを見て、アニスもまた同じようにグラスの酒をあけた。
「大丈夫か?」
「だいじょうぶ」
 その声はどう見ても大丈夫じゃない。自分で発した弱々しい声に、ヴァンは困った様子で視線を床に落とした。
「ほんと、大丈夫。ごめん、俺、何から言えばいいのかな」
 頭を抱えてヴァンは掠れた声で必死に取り繕う。その腕をアニスが掴んだ。
「痛い」
 振り払うように逃げる手首をアニスは強く握った。
 服に隠された下に、どんな痕が残っているかアニスは知っている。強く拘束された痕だ。
 封筒に収められた画像の中に、革のベルトによって戒められた両腕を頭上で固定されたものがあった。乱れたアンダーウェアと、大きく開かれた足。足の間にいる男の影になってはっきりとはうつっていないものの、被写体が男なのに誰が見ても明らかにセックス中だと分かる、そんな画像。
 アニスが燃やしたとき、そんなセックスの最中を、うまく撮った画像が何枚も封筒に収められていた。ヴァンの大きな目いっぱいにためられた涙。噛みしめられた唇。紅潮した頬。
 苦痛と、快楽に歪んだ表情。
「離して痛い」
 怯えて震える手。
「ごめん」
 アニスはそう一言漏らすと、ヴァンの小さな肩を引き寄せ自分の胸にかき抱く。ヴァンの身体が強張ったのが分かったが、それも一瞬だけですぐに額を肩口にすり寄せてきた。
 肩が震え、泣き出した感触。
 どれくらいそうしていたか、肩に当てられていた額がずれて初めてヴァンが眠ってしまったことに気付く。ゆっくりと起こさないようにベッドに横たえると、力を失った手が袖から離れて落ちた。
 袖から覗く手首の痣。暴れたのだろう、擦れたその痕はどんな傷よりも酷く見えた。
 シーツを掛け、アニスはおそるおそるヴァンの髪を撫でる。
 起きない。
 身をかがめ、ベッドに腕をつくとアニスはそっとヴァンの唇に自分の唇を重ねた。


 

 

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