Gimme! Gimme! Gimme!

 



 ヘディバ島はアルザダール遺跡を越えて行く事が出来るちょっとした孤島だ。
 ここはカダーバの浮沼と同様に非常に濃い霧に覆われた僻地で、ソウルフレアやインプの巣窟となっている。そのため、さらなる強さを求める熟練パーティの恰好のキャンプ地となっていて、危険と知りつつも今では人が絶えることがない程の人気スポットだ。
 例に漏れず、リーダーの赤魔道士がヘディバ島を指定したのは、比較的パーティを組むには早い時間だったからかも知れない。
 当然だが混雑すると狩る獲物が居なくなるわけで、パーティ同士のしのぎの削りあいだけは避けたいわけだ。そんなリーダーの判断は正しく、珍しく誰もいないヘディバ島の奥地で、俺たちは有意義な時間を過ごした。
「多分これから混雑してくると思うので、ちょっと早いですが今回はコレで解散で」
 リーダーの赤魔道士がそう言うと、詰めていた息を吐いた白魔がお疲れ様、とようやく笑った。
 通常であればキャンプ地での寝泊まりを含む数日の長丁場になる狩りも、混雑回避という名目で日帰りにする事も少なくはなくなってきた。それもこれも、移動手段が増えたお陰とも言える。若干の物足りなさを感じつつ、侍が帰還の魔力が込められたカジェルを握り締めた。
「帰る手段ありますよね」
 ここは敵地の真っ直中と言ってもいい。周囲はうっそうとした木々に覆われ、視界も悪く、徒歩でアルザダール遺跡に戻る、という手もあるが、それには大きな危険を伴う。インプやソウルフレアは、僅かな魔力から生物を感知する。彼らに視覚遮断や聴覚を惑わす魔法や薬品は全くといって無意味なのだ。彼らの視界をかいくぐり、アルザダール遺跡までたどり着くのは至難の業だった。各々が帰還の準備を整えていく中、俺も侍と同様、帰還のカジェルを取り出した。
「全員あるみたいですね」
 カジェルや呪符を取り出したメンバを確認し、リーダーの赤魔道士がゆっくりとお辞儀した。
「お疲れ様でした、また機会があればよろしく」
「お疲れ様、お先です」
 一足先に呪符をきった吟遊詩人が魔力の渦に飲み込まれた。続いて忍者、侍、赤魔道士とひとりひとり目の前から消えていく。中々使わない俺を訝しんだ白魔道士が確認するかのようにもう一度だけ俺を見て、ゆっくりと帰還の呪文を詠唱した。
 それを見ながら、俺も帰るかとカジェルを握りなおして、初めてそのカジェルがただの棒きれであることに気付いた。
 待ってくれ、そう言いかけた言葉は白魔道士には届かなかった。伸ばした手だけが、魔力の渦に飲み込まれ消えていった白魔道士の残り香だけを掴む。
「クソ」
 昨日の空で最後の魔力を使い果たしたのを忘れていた。
 ゴミくずとなったカジェルを地面に叩き付け、周囲に人がいないか探る。時刻は夜が明けてすぐだ。今に新しいパーティがいくつもこのヘディバ島を訪れるだろう。ソロの青魔道士もいるかもしれない。それならカジェルのひとつ借りることもできるのではないか。そう思い立ち、携帯端末でヘディバ島を訪れている冒険者を検索すれば、いくつかのパーティと思われし団体と単独行動をしている青魔道士がかかった。
 安全なキャンプ地を離れ、壁伝いにさらに奥へと進めば、木々が開けた小道に出る。
 ここはパーティを避けた単独行動の青魔道士がよくいる場所だ。パーティでの移動は個人よりもずっと危険度が増す。それは団体行動をしているから故の慢心であったり、なんとかなるだろう、という気持ちからだろう。そのため、殆どのパーティは余程手前が混雑していなければ奥地への移動を嫌がる。
 ソウルフレアの視線を避けて隙を見て小道に転がり込むように身を隠した。
 後戻りは出来ない。ここはアルザダール遺跡とは丁度逆方向。勘が外れたら誰かが近くに来る迄この広いカダーバに軟禁だ。
「…う」
 ふと、人の呻き声のような声が耳に届き、心臓が跳ねた。
 見つかったか、と後ろを振り返るも、遠目に見えるソウルフレアの背中が見つかったわけではないことを示す。全神経を次の声に集中しようと目を閉じれば、呻き声に混じって、僅かに色を含んだ艶声が耳に届いた。
 こんな場所で何をしているんだ。パーティが終わって仲良くなっとでも言うのか。
 出歯亀だと知っていながら、そっと足音を忍ばせて声の方へと近づいた。今お楽しみの最中だろうが知った事ではない。むしろ、カジェルも借りやすいというものだ。
「ぅ、あ」
 水音まで鮮明に耳に届くようになってきた頃だ。
 湿った軟らかい土の上に、それはあった。思わず息を飲む、それ。
 ずたずたに引き裂かれた、インプの死骸。
 特に腹部が食い千切られたかのように抉れ、臓物は周囲に散らばっている、と言ってもよかった。軽いスプラッタ、見慣れているはずのインプの死骸も、先ほどまで手にかけていたはずのものだとは思えないほど滅茶苦茶に食い荒らされた感じがした。
 まずい、と警鐘が鳴り響く。
 この声は、人かもしれない、が。
 まさしく、好奇心はミスラを殺す、だ。ダメだと分かっていて、歩みは止められなかった。
 薄い茂みの葉から、一滴の薄赤い液体が地面に落ちるのと、壁にもたれ掛かった恰好で、色っぽい声をあげるそいつの朱い瞳と目が合ったのは同時だった。
 膝に掛かった瞳と同じ色の朱い装束。
 俺と目が合ってなおも下半身に伸ばされた両手。
 淫らな表情に似合わない、きっちりと上半身を覆う朱いアトルガン装束が、青白い顔をした、ヒュームの、男、───だと思う、にとても似合っていて一瞬目を奪われた。
 黒い髪、対照的な朱い瞳。
 生きているのか疑うほど、青白い顔。その唇は血に染まり、まるで紅のようだ。
 見慣れた漆黒の髪の男より随分と細身で、立てられた膝は細く、二の腕は掴めば折れそうに見えた。視線を移しても、そこには彼以外いなさそうに見える。
「あ、えーっと、カジェル、貸してくれない?」
 我ながら、馬鹿な事を言ったと思った。
 どう見ても、彼はここで自慰中だった。
 ギリギリの戦闘で、興奮して勃起するなんて事は稀ではない、が、自慰行為などしたことがないので理解し難い。確かにここに人が来るのは想定外なのかもしれないが、それにしてももう少しリアクションがあってもいいだろうに。
 突然の珍入者である自分の事を棚に上げて、隠すことすらしない彼をじっと見つめた。
「いや、余ってたらでいいんだけど。帰ったら、新品宅配するし、連絡先も出来れば」
 恥の上塗り、というのはこういう事をいうのだろうか。
 とにかく、彼が行っていたことはこの際見なかったことにして話を進める。
 彼が一瞬目を細めて、唇をうっすらと開いた。
 その表情は驚くほど妖艶で、思わず、生唾を。いや、正直に言えば、下半身に、来た。
 重い衝撃、とでも表現すればいいのか、腰の裏側に響いたそれは濁流のように押し寄せる。そんな俺に、彼はゆっくりと上体を起こし、手を伸ばした。
 動けなかった。
 動く、気がなかったのかもしれないが。
「いいよ」
 掠れた声が、そう紡いだように聞こえた。
「その代わり、あんたのこれを貸して」

 鎧の上から、なぞられる。
 細い指先が、ホーバークの留め金を外しずらす。

 視界に映る彼の動きは緩慢に見えたが、それは俺がそう捉えていただけかも知れない。
 僅かに反応を返すペニスをあっさりと取り出され、彼は、俺にの前に跪くようにしてそれを、咥えた。ねっとりと絡みつく熱。唾液、というよりは何かの粘液に絡みつかれたように、それは恐ろしく気持ちがよかった。彼は右手で俺のものを掴み、擦りあげ、左手は自らのものを刺激する。そんなあり得ないシチュエーションに呆然とした。
 これは夢か、白昼夢か。
 思えば、この世の者とは思えないような美人、いや、男なんだが、こんなところで自慰に耽っている、という時点でおかしい。欲望を吐き出す相手くらい、街に戻ればいくらでもいそうな程の容姿だ。
「あぁ、クソ」
 ───別のことを考えでもしないと、あっさり全て持って行かれそうだ。
 蹌踉めいた俺の尻が、小道の土壁に当たった。
 信じられないほどに屹立したペニスを小さな口で喉の奥まで咥えこんで、うまそうにしゃぶる。上手いか、下手かはともかく、その表情と一生懸命な姿は俺の中の何かを刺激し続けた。やられっぱなしは好きではなかったが、次はどうしてくれるのか、という好奇心が先にたつ。まさか、このまま口に出して終わり、というつもりもないだろう。
 案の定、彼は俺の身体を引きずり倒すと怠そうに上に乗ってきた。ゆったりとした装束の裾が、彼の腰部分を覆っている為、自分と同じものがついている、だなんて萎えは襲っては来なかった。そういう気を遣ったわけではなさそうだったが、装束からのぞくやけにのっぺりとした細い太ももが、意外と男のものだとは思えずつい手を伸ばしてしまう。きっと、カスタムパンツなんかはかせても、様になるに違いない。
 ゆっくりと下ろされていく腰。
 ずぶずぶと彼の内側に沈んでいく、俺のペニス。
 女のものよりも、少しだけ抵抗のある内側。

 

 

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