Gimme! Gimme! Gimme!

 



「ふ、…ん」
 小さく息をついて、根本までしっかりと収めてしまった彼は、俺の腹の上に両手をついてすぐに身体を上下に揺らし始めた。その動きは酷く緩やかで、それでは満足に至らないだろう、と思う程だった。
 あまり、乗り慣れていない。
 そう、分かるのに、内側は柔らかく、吸い付くように絡んでくる。なるほど、コレが名器というやつか、と感心してみるもそのままでは到底こっちが上り詰めることは出来そうにない。太ももに添えた手を尻まで回し、腰を掴んだところで、やんわりと、彼が言った。
「あんたは、動かなくていい」
「莫迦言うな、そんなんじゃ気持ちよくもない」
 腰を強く掴んで押さえつけ、下から突き上げてみせれば、彼の身体は俺の上で飛び跳ねる。急な強い刺激にその朱い瞳がひらかれ、頭を横に何度も振った。ヒュームはみんな似たような行動をするんだな、とどうでもいいことが頭をよぎったが、俺の刺激で力が入ったのか、ぎゅうぎゅうと締め付けてくる内側。震える指がぎゅっと握られ、俺の胸を押さえた。
「うごか、あ、あぁ」
 何度も動かないで、と言おうとして途切れる言葉。
 今にも泣きそうな顔を見上げて、彼が思っていた以上に若い事を知った。二十歳そこそこか、もしかするとまだ十代かもしれない。大人の男になりきれていないとも言えるその表情は、持っている雰囲気と酷くアンバランスな気がした。
 だめ、と言われて我に返った。
 一心不乱というわけでもなかったが、自分の快楽を追っていた俺の上で、彼は背中を仰け反らせて大きく震えた。
 それが、いったのだ、と想像するのは簡単すぎて。暖かな体液が、密着した部分を埋めていくのが分かって、彼が射精したことを知る。文字通り、貸した、のだから、彼が満足すればそれでオシマイ。俺は見返りにカジェルを借りるわけだ。俺が気持ちよかろうが、どうだろうが、そこには全く関係ない。分かってはいたけれど、そういう理屈で全て解決出来るほど男は単純ではない。
「まだ満足なんかしてないよな」
 は、と短い息をついた彼の身体をそのまま後ろへと押し倒し、繋がったまま今度は俺の身体が彼の身体を押さえ込んだ。抗議の声を上げようとするその口を片手で押さえつけ、自らの身体で彼の脚を押し広げる。細い腕が俺の鎧を押しのけようと伸ばされるが、体格差、種族差、そして、多分鍛え方、全てにおいて彼は俺に劣っていた。
 近くに転がった見覚えのある曲刀、朱いアトルガン装束。
 こんな所で単独行動をしていることも考えて、間違いなく彼は青魔道士だ。不滅隊の証である装束を纏っていないから最初は分からなかったが、この病的な青白さは各地の監視哨にいる不滅隊を思いださせる。青魔道士が不健康だ、という話は聞いたことがなかったが、どいつもこいつも揃いも揃って何かに取り憑かれたかのように青白いと思う。あながち身体の内側に魔物を飼っている、という噂もハズレではないのかもしれない。
 押さえ込んだ細い身体を好き放題に蹂躙していく。
 何を塗ったのか、それとも何をたしたのか、じゅぷじゅぷと出し入れするたびに耳に届く湿った音が卑猥だった。オイルよりもずっと粘度の高い何かだ。空気を含んで音を立てるたび、耳まで犯されている気になる。抑えた口元からは絶えずくぐもった呻き声が聞こえた。
 俺自身の、そう、「俺」という存在を貸したことも忘れて自分の快楽に忠実に動く。
 俺の下で藻掻く男のことなどどうでもよかった。
 とにかく、なんだ、気持ちいい、わけだ。
 女と比べるのは馬鹿馬鹿しいが、少なくとも同じ黒髪のあいつみたいに締め付けてくるでもなく、例えるなら、ほどよく絡みつく、という言葉。同性での経験なんてあいつしかいないから、実際あいつと、この目の前のお綺麗な青魔道士を比べるほかない。それもどうかとは思うが、味わったこともないような快楽を今経験しているのだ。
 両太ももを押さえて腰を浮かせれば内側はきゅっと締まる。それをこじあけるようにして奥を穿ち、肉を割り拓くような。言葉に出来ない。表現したいが伝えられないもどかしさ。
「…く、」
 思わず声も漏れるってものだ。
 押さえつけたまま快楽を貪って、一番深いところで全てを吐き出してみる。
 自分でも分かるじわりと広がった熱。ぎゅっと目を閉じた青魔道士。口を覆った手をどけてやると、ようやく息を吐き出して大きく肩で深呼吸した。
 潤んだ朱い瞳が物足りない、と揺れる。
 もっともそれは俺の勝手な想像だが。強張った膝をそのままに、必死で息をする青魔道士を横に転がした。俺のペニスはまだ彼の中に埋まっており、やや堅さを失ってはいるものの連続使用に支障はない。力の入らない身体を土に横たえたまま、青魔道士が俺を見上げた。
「も、」
 もういいだろう、多分そう言いたかったのだと思う。
「もっと?」
 身体の中から引き抜こうと上体を起こしかけた彼を、そのまま押しつけて自らを奥へと押し込んだ。小さな悲鳴が上がるがそんなことはもうどうだっていい。ここはヘディバ島。ソウルフレアやインプが徘徊する隔離された奥地だ。叫んだところで、誰も来ない。腰を掴んだまま二、三度と腰を打ち付ければ呻き声に混じって艶のある吐息が零れた。
「どこがいいんだ?」
 潤んだ深紅の瞳が左右に揺れる。首を横に振ったのだ。
 逃げだそうと上体をひねり、近くに転がった曲刀に腕を伸ばすのが分かったがどうせ届かない。まさか青魔道士と言えども腕がいきなり伸びたりすることはないだろう。たかをくくって小さな身体を引き寄せ、うつぶせに転がした。音を立てて抜けそうになったペニスをもう一度ねじ込んで、その細い肩を土に押しつける。ぴたりと動きが止まり、青魔道士は観念したかのように左手を僅かに挙げた。

 荒い息。
 やっぱり俺は後ろからの方が好きらしい。
 大人しくなった青魔道士は荒い息をつくだけで先ほどまでのように声を上げることはなかった。時折息を詰まらせることはあるものの、唇は強く噛みしめられたままだ。いっそう青白くなった顔と、身体を支えきれない細い腕が柔らかく湿った土を掻きむしる姿に妙に興奮する。掴んだ腰は女みたいに細く、形のいい綺麗な尻がまた何とも言えない。小柄だが筋肉質のあいつとは何もかもが違った。
「おまえ、本当に冒険者か?」
 怪我一つない、いや見えている範囲でだが、肌はまるで争いとは無縁のように見えた。普通の冒険者なら、いくつかの痣や傷痕があってもおかしくはない。
 これが青魔道士なのか。
 それとも、人の姿をした魔物なのか。肩で息をする青魔道士の頬に触れると、赤みを帯びている割りにひんやりとした印象が残った。最後はお互い無言だ。
 静かなカダーバに二人分の呼吸音が響く。肌と肌が打ち合う音。隙間を埋める体液がたてる淫猥な水音。そんな中で迎えた瞬間は新鮮、というよりむしろ不思議な感覚で。いつもなら出して終わりなのが随分と余韻に浸った気がした。
 今度こそ、とゆっくりと俺の身体から離れていく青魔道士。その動きは緩慢なように見えて無駄がなく、さっさと余韻に浸る俺を身体の中から引きずり出すと、近くにあった下衣と荷物をたぐり寄せた。
 ぼうっとその姿を見ながら俺はまだ夢の中に居るようで現実味がない。下ろされていたクウィスを元に戻しながら額に浮いた汗を拭っていると、着衣をただした青魔道士が、俺に向かってカジェルを差し出した。
「やくそく」
 小さな声でそうとだけ言って、彼は俺が受け取るのを確認すると同時に呪符を噛み千切る。ふ、と空気の音がして、噛み千切った呪符の切れ端が宙に舞った。目がその切れ端を追いかけて、彼から目を離したときにはもう、青魔道士の姿は魔力の渦へと消えかけていた。
「あ、待てよ、カジェル」
 新しいカジェルの送り先。やっぱりのばしかけた指先は、彼が消えてしまった空間に取り残された。
 連絡先を聞き忘れた。というか、名前すら聞いていない。慌てて携帯端末を探すが何処へしまったのか分からずもたついた。そうこうしているうちに遠くでこちらへと向かってくる足音が聞こえる。パーティだ。
 大きなため息。急いで着衣を整えて、借りた新しいカジェルを握り締める。
 魔力の解放を直接握り締めた手のひらで感じながら、馬鹿げているが忘れ物がないか辺りをもう一度見渡す。
 あるのはインプの無残な死骸だけだ。この沼気の濃いカダーバでは、土に染みこんだ精液の臭いなど分かるはずもなく。ここで何があったかなど、後から来たパーティの連中には分かりっこないだろう。
 俺はゆっくりと魔力の渦に飲み込まれながら、今度こそ街へ帰れると安堵のため息をついた。


 あの日から1週間。
 新品のカジェルを持ち歩き、返す機会がないか、似たような青魔道士に逢わないかと無駄にアルザビを徘徊してみるも、彼の姿を見ることは叶わなかった。神秘的な深紅の瞳、濡れた唇だけが俺の記憶に鮮明に残る。
 全身をアトルガン装束である革鎧に身を包んだ青魔道士など今のご時世それ程珍しいものではない。すれ違う小柄なヒュームをまるで値踏みするように見ていたら、シーフのクソガキから変質者を見るような顔で睨まれた。
 噴水に腰を下ろし、今日も逢えなかったとため息をつく。
 逢ってカジェルを返したい、だなんて、口実もいいところだよな、と自分でも思う。
 逢わない方がいいのだ。
 お互いにとって。
 あの日のことは夢だ。彼だってそう思っているに違いない。あんな姿見られて、普通ならもう少し取り乱してもいいだろうに。我に返ったとき後悔しただろうか。あの時はそれどころではなかったのだ、と。
 あれはカダーバの濃い霧が見せた、まぼろし。
 ふと目を閉じると、アルザビ戦闘区域で警鐘が鳴り響いた。蛮族軍の襲来を告げる、鐘の音。白門にいた冒険者が音を聞きつけて浮き足立った。傭兵たちはこぞって戦闘区域に駆けだしていく。
 その足音を聞きながら、俺は帰す宛のなくなったカジェルをもう一度握り締めた。
 
 あれは夢だったのだ。
 一匹の魔物が、俺に見せた悪い夢。

 

 

End