Chemical Reaction

 



「クソったれ」
 指二本。随分と楽に出し入れ出来るようになってきたのをきっかけに、俺はケイさんの腰を抱えなおした。
 いれるよ、なんて聞かない。ここで拒否でもされたら立ち直れそうにない。ケイさんが覚悟を決める前に、今この一瞬だけでも、この人を独り占めするのだ。
 指を開いて入り口を広げると、ケイさんも何をされるか理解した様子で小さなため息を漏らした。
「ごめん」
 ただ謝って、ケイさんの腰を俺の上に落とした。
 声にならない悲鳴。呻き声にも似た、力の籠もった声が部屋に響いた。目の端からにじみ出るように溢れる涙が、ゆっくりと頬を伝った。
 ぎちぎちと、ケイさんの中をこじ開けていく。
 俺の腕を掴むケイさんの指先が色を失って白い。がちがちと音を立てる噛み合わない歯の間だから、俺を罵る言葉が零れた。そんなケイさんの罵りなんて気にも留めず、俺は尻を持ち上げてはゆっくりと押し入れていく。一番太い部分が入ってしまえば、後は楽、とかよく言われるけれど、そんなのは嘘だ。こんな風に使うことのない器官は俺を拒み続け、半分ほど入った所でとうとうケイさんは泣き出した。
「いたい」
 ───痛いのは尻だけじゃあないでしょ。
 そう言ってやりたい衝動に駆られる。
 俺とこんなふうになって、俺がグラールじゃない事を今更後悔してるんだろ。そんな風に考えてしまう俺自身も相当なものだけれど、だって、ねえ。ケイさん、あんた一度も俺の事、見ないよね。
 お互い傷ついて、それなのにやめられないなんて、不毛すぎる。
「大丈夫だから、そんな力まないで」
 拒まないで。頼むから。そんな強く。
「目を閉じて」
 小さく柔らかい唇に軽く口付けた。
 指の腹で、ケイさんのまぶたをそっと押さえる。
「あんたのいい人、想像してなよ」
「お前、」
「いいから」
 無理矢理目を閉じさせて、耳元で囁く彼の名前。なるだけ低く、響くように。
 ───ケイ。
 震える肩。腰が深く沈んで、ゆっくりと飲み込んでいく。
「あ、あぁ」
 続く言葉は、胸にナイフのように突き刺さる。
「グラール、グラール」
 二度、ヤツの名前を繰り返し呼ぶケイさん。
 ごめん。やっぱり聞きたくない。
 最後まで飲み込んだケイさんを抱きしめて、その唇を塞ぐようにしてキスをした。俺はケイさんの望むグラールではないけれど、代わりになることを俺が望んだ。でも、本当は俺を見て欲しかった。なあ、あんたを抱いてるのは、俺なのに、あんたはグラールを思うんだ。そうやって目を閉じて、その瞼の裏に俺じゃない男を思い描いて。
 泣けてきた。
「なんで泣いてんだ」
 当たり前だろ。泣くよ、普通。
 だって、あんたは俺を見てなんかいないんだ。頬に触れるケイさんの手が、俺の涙をすくってはなぞっていく。俺は問いに答えない。声を出せば、俺がグラールではないことが分かってしまうから。ケイさんの想像を、壊してしまうから。うれし泣きだと、思っててくれよ。あんたとひとつになれて、喜んでるって。
 俺はそれでいい。
 こんな悲しいセックスをしたのは初めてだった。
 誘っておいて、抱いておいて。今更。
 全てが終わって、ベッドに裸のまま横たわり、疲れ切った顔で目を閉じているケイさんの頬に指をのせる。
「大丈夫?」
 掠れた声が、頷いた。
「…帰るわ」
 それが合図だったのだろう。ケイさんはゆるゆるとした動作で起き上がると、息を整えながら側に脱ぎ捨ててあったタバードを拾う。
「悪かったな」
 シャポーを目深にかぶりなおし、ケイさんはそう言って部屋を去った。
 最後まで、ケイさんは俺と一度も視線を合わさなかった。さっきまであった、この手に残っていた確かな温もりが、溶けるように消えていく。零れていく。
 乱れたシーツだけが、この場所であったことを克明に刻んでいた。

 

 

Next