Sopa de pedra/Onslaught

 



 あの日はたまたま20年前のサルタバルタから現代に戻って、そのままウィンダスに立ち寄った。疲れていたこともあって水の区の宿を取ろうと足を向けると、手前に見える調理ギルドからクリスタルの炎と共に、少し甘くて香ばしい匂いが漂ってきた。
 クリスタル合成と呼ばれる冒険者の間に広く親しまれる手法は、器具や時間が必要なく、クリスタルと素材のみで行う合理的なものだ。必要なのは完成品のイメージのみで、武具の類から調度品、そして食事までありとあらゆる製品で利用されている。
 俺もやってみようかな。
 何故急にそんなことを思い立ったのかというと、数日一般的な胃におさめる食事を取らなくても問題のない俺と違って、レヴィオはそうではなかったからだ。
 先般捕虜解放に向かったマムージャ蕃国に置いて諸般の理由から数日足止めを食った際、レヴィオの持ってきた保存食が底をついて大変な思いをした。レヴィオもそこそこクリスタル合成をたしなんでいたものの、得手不得手があるらしく、調理においてはどのつく素人だという。一応マムーク奥地にてたたずむジズを見付けたので、ジズがいるよと何度も言ってみたが、レヴィオは最後まで首を縦には振らなかった。
 結局その時は偶然通りかかった冒険者のグループに食事を分けて貰い事なきを得たけれど、クリスタル合成が出来たならあの場でジズを調理して食べることもできたわけだ。
 出来るようになれば、きっとレヴィオは喜ぶ。
 そんなことを思っていたら、ちょっと昔に一度だけ食べたジズの味を思い出して口元が弛んだ。
 そう思って、手持ちのクリスタルで出来そうなものを教えて貰ったのが発端だった。
 完成品のイメージはとても重要で、これがうまく思い描けないとクリスタル合成は成功しない。何度もコツを教えて貰いながらミリオンコーンを焼いて見るもどうもうまくいかなかった。
 見かねたタルタルが焼いてくれて、これが完成品だよと手渡してくれたが、自分の完成品と何が違うのか俺には理解出来ないでいた。
 夜も大分更けて、ギルドを閉めるからと追い出されるときに、タルタルは俺に石ころを手渡して言った。

「これは不思議な石でね、これを蒸留水で煮るとスープが出来ちゃうからやってみなよ」

 タルタルは一見なんの変哲もない石を俺の手に掴ませた。
 それが本当なら、この石を持っているだけでレヴィオは飢えなくてよくなる。一応タルタルに礼を言うと、追い払われるかのようにギルドを閉め出された。
 半信半疑のまま近くの雑貨屋で蒸留水を買い込んで宿に戻り、床に素材を並べてみた。
 これを使って出来るものなんて、白湯以外考えられない。肉や野菜はおろか、塩すらないのだ。
 頭の中で沢山の野菜を使ったスープを思い浮かべながら、炎のクリスタルを割った。乾いた音を立てて炎の魔力が解放され、脳内のイメージを加速させていく。暫くして魔力の弾ける音がしたので目を開けると、用意した器には予想通り加熱され熱を持った石と湯があった。
 半分がっかりで、半分安堵した。
 これで本当に野菜スープが出来たら、やっぱり少し怖い。
 とはいえ、もしかすると見た目は白湯でも味がスープなのかもしれない。そう思って覚悟を決めて口を付けてみたが、やはりただの白湯だった。
 俺の味覚がおかしいから、スープの味が分からないだけかもしれない。
 脳内のイメージがうまく完成品のイメージにならず失敗したのかもしれない。
 石がスープになるはずがない、そう頭で分かっているのに、もしかしたら、がやめることを阻害する。石によっては不良品があるのかもしれないじゃないか。
 とにかくもう一度。
 みっつほど作ったところで、水分でお腹が膨れてしまい、脳内でスープのことばかりを思い描いていたせいか、飲んだのはただの白湯だったにも関わらず野菜スープを食べた気になった。
 これが狙いだったのだろうか。
 謀られたのかな、と思い至るには十分だったけれど、必死になった自分がおかしくて、何となく腹も心も満足した。

 

 

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