Sopa de pedra/Onslaught

 



「…食べたの」

 唇を噛みしめたルリリが目に涙を一杯にためて俺を見上げた。
「それで石も食べたの」
 声が震えていた。
 気圧されて頷くと、とうとうルリリは大声をあげて泣き出した。お腹の中でスープがしみ出すのかも、とか、実は石がスープに変化するのかも、とか思って石も食べたことは言わない方がよさそうだった。
「それは有名な石のスープという話なのよ、民話なの。食べないのよ、石は食べないの」
 わんわんと泣き出してしまったルリリに、俺はごめんね、と繰り返すしかなかった。
 ルリリが言うには、腹を空かせた旅人がようやくたどり着いた集落で食べ物を求めたが、貧困な集落では食料を分け与える余裕がなく、その旅人は追い返されてしまった。どうしても腹が減って困った旅人は一計を案じ、道ばたから手頃な石をいくつか拾うと、もう一度民家に掛け合って、”自分は珍しい煮るとスープになる石を持っているから、鍋と水だけでも貸してください”と言うのだそうだ。
 興味を持った村人が鍋と水を貸し与えると、旅人はその石を煮詰めながら”この石はもう古いので濃厚なスープにはなりません、塩があるとよいのですが”と言う。村人は塩を与えた。
 同じようにして旅人は肉と野菜を要求し、村人はそれを与える。
 結局出来上がったのは、最初の石は何の関係もない本物の美味しいスープ。だけど村人は感激して、旅人は礼としてその石を村人にあげてその集落を去っていった、と言う詐欺話。
 最初からスープになる石なんて存在しなかったのだ。
「結局肉も野菜もいれなきゃだめなのか」
「当たり前でしょう、無から有は生み出せないのよ」
 ようやく落ち着いて赤く腫れた目を擦りながらルリリは俺を咎めた。石からスープが出来るわけがない、と言う錬金術師らしいルリリの言い分にもっともだと頷く。しかし錬金術とは無から金を生み出す研究ではなかっただろうか。それを口に出すと怒られそうな雰囲気がしたので黙っておく。
「お腹がすいたらいいなさい、クッキーやパイならいつでもあげるから」
 ルリリが持っていたメロンジュースで喉を潤していると、小分けに包装されたアップルパイを差し出された。二日前からそう言えばその石のスープ以外何も口にしていなかったことに気付く。
 こうやって俺は自分から人であることをやめているのか。
 お礼を言って受け取って、アビタウ内を掃除して回るクリーナーが近づいてきたのをきっかけに俺たちは立ち上がった。
「本当に、ごめん」
「いいの、あなたが食べることに無頓着なのは今にはじまったことではなかったわ」
 シャポーをなおしてルリリが俯いた。
「美味しいお店、いっぱい知ってるから」
 今度一緒に行きましょう、ね、と言われて頷いた。ルリリが小さな手を伸ばしてくるので、かがみ込んでその手を取ってみた。
「約束よ、カデンツァ」
 軽く手を掴んだまま上下に振られて、俺はまた頷いた。
 そんな事をしている間に慌てた様子でフロアを走ってくる足音。なんとなくいやな予感がして音のする方向に目を向ければ案の定そこに居たのはレヴィオ。
 シーフがそんな足音させて走るな、とか、さっきマザー見に行くとか言っていたはずとか、どうでもいいことが頭をよぎったが、俺を見付けた瞬間の何とも言えない弛んだ表情を見てどうでもよくなった。
「ごめん、お腹すきすぎて気持ち悪かった」
 よく分からないけれど。多分そう。
 握り締めていたアップルパイをもう一度そっと握りなおしてレヴィオを見る。その様子にルリリが笑い出し、レヴィオと俺を交互に見つめて、そっとリンクシェルに聞こえないように言った。
「少し休んでから行くと伝えておくから、ゆっくり食べてからいらっしゃいな」
 小さな身体がレヴィオの前まで歩いて、鞄から取りだしたアップルパイをその手に押しつける。事態をうまく飲み込めないレヴィオを置いてルリリは俺に小さく手を振った。
「じゃあ、また後でね」
「うん、また後で」
 小さな背中が通路の奥に消えていくのを見送ってから、レヴィオに向き直る。

「レヴィオ、蒸留水で煮込むとスープになる石があるんだけど」
 

 

 

End