Sopa de pedra/Onslaught

 



 腹がやたら重たくて、思わずアビタウを移動中に蹲った。

 近くを走っていたリンクシェルメンバが気付いて足を止め、俺を振り返る。遠慮がちに掛けられる声に大丈夫と発した言葉は、後ろから走ってきたルリリの声にかき消された。ルリリは足を止めたメンバに先に行くように促して、蹲ったまま動かない俺の側まで来るとその小さな手で俺の背中をさすった。
「大丈夫、どうしたの。気分が悪いの?」
 彼女はそう言うと、こちらの返事も聞かずにリンクシェルに向かって俺の具合が悪そうだ、と発言した。あぁ、と思う間もなく反応が二つ返ってくる。とにかく彼らが余計な行動を起こす前に大丈夫だから、と牽制するも目の前のルリリは引き下がらない。
「いつも顔色が悪いけれど、今はもっと悪いわ」
 本当に心配そうに覗き込まれ、彼女の方が泣きそうに見えて安易に大丈夫と言えなくなってしまった。
 幸いなことにこのフロアには魔力に反応するタイプの魔法生物しか見あたらない。軽く見渡して、重たい腹を抱えるようにしてサーメットの壁まで移動し、背中を預けて座り込む。小さな足でルリリもそれについてきて、俺が腰を下ろすと同時にため息をついた。
「我慢、しないでね」
 頷くと幾分かほっとした様子で、なおもルリリは心配そうに俺を見上げる。
 胃がずっしりと重い感覚に酷く気分が悪かった。
 俺は容姿も、基本的な身体機能も、人のように見えて人のそれとは根本的に違う。似てはいるがけして同一ではない、似て非なるものだ。俺の身体は魔を受け入れるための器でしかなく、増幅器とは名ばかりの水晶体が時間を掛けて自身と同化してしまった以上、喰らい、我がものにしてきたはずの魔によって生かされている状態に等しい。
 自分でも分からない気分の悪さに寒気がする。
 もしかして─────考えたくもない最悪の事態が脳裏を掠めた。
 共存していると思っていたのは自分だけなのか。内側に潜む魔の性質が変わったと思い込んでいたのは自分だけなのか。器は結局あの時に限界を迎えていたというのか。考えれば考えるほど思考は闇に沈んでいく。
「苦しいの、冷たいわ」
 グローブを脱いだルリリの手が俺の額に当てられた。
 小さいけれど肉厚の手のひらが温かくて心地よかった。
 この感覚が残っているうちは、まだ人でいられる。そう思って、大丈夫だよ、と口を開きかけた途端、強烈な吐き気に襲われて俺は慌ててルリリから逃げるように身体を丸めた。胃の底から這い上がってくる何か。ルリリに手のひらで向こうに行くように合図するも、理解しているのかしていないのか、多分前者の彼女は俺の背中に手を当ててひたすらにさすってきた。
「吐いていいよ、吐いちゃって」

 それが免罪符だったわけではなかったが、喉の奥から込み上げたものをサーメットの床に吐き出せば、口から零れたものとは思えない乾いた音が耳に届いた。
 胃液と共に転がったのは、丸く手頃な大きさの石。

 あぁ、と思わずため息をついた。
「カデンツァ、ねぇ、あなた虐められているの?」
 ルリリの手が震える。泣きそうな、声。
 弁解しようと顔を上げると、不覚にも再度込み上げてしまい、俺は無様にも再び床に石ころをぶちまけた。涙で滲む視界の中、食べた記憶のある分と同じだけの石ころを確認して安堵する。
 全部、だ。
「ねぇ、レヴィオさんとうまくいってないの、悩み事でもあるの」
 涙で顔をぐしゃぐしゃにしてしまったルリリが、木綿布を俺に差し出しながらそう言った。
「なんでも相談してちょうだい。わたし、これでもあなたの友人だと思ってるのよ」
 軽くなった腹をさすって身を起こし、木綿布を借りてルリリの頭を撫でる。
「ごめんね」
 違うんだ。
 泣き続けるルリリをなだめ、間違いなく原因である二日前の出来事を思い出す。

 

 

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