Seasoning/Onslaught

 





 前に一度、ソウルフレアを一緒に食べないかとレヴィオに聞いたことがある。
 そのときは笑って俺はいらないよ、と言われた。
 ソウルフレアの触手はそれ自体の生命力が強くて、殺して腸を引きずり出した後でも動き続け再生しようとする。触手そのものからソウルフレア幼体が復元したのは見たことがないから、いずれは動かなくなってしまうのだろうけれど、 それなりに流通していて新鮮なまま競売で取引されていたりもするから、俺以外にもそこそこ需要はあるのだと思う。
 食感はギガントスキッドよりもかたくて、コリコリとしている。味は他の海産生物に比べると別の意味で生臭いけれど、そこがまたいいのだ。でも人によってはその生臭さがいやだ、ということもある。
 レヴィオもそうなんだろうか。
 焼いたら、食べるかな。ミスラの串焼きは食べるのだから、きっと食べるだろう。
 レヴィオは潔癖症なところがあって、生肉はあまり好まない。普段どんなものを食べているのか少し気になる。あんなオムレツを毎日食べてるとしたらちょっと羨ましいけど、ジズやマーリドなんかは病みつきになるほど美味しいのに勿体無い気もする。マムークにいる食用トカゲとか。
 俺は冒険者用のクリスタルを使う簡易合成が苦手だから、もし焼くなら本物の火を使うことになる。
 正直、火を使ったことなんてなかった。俺は傭兵になって与えられた部屋で、一度も料理と呼ばれる行為をしたことがない。レヴィオが来るまで、俺の部屋には水を飲むためのカップすらなかった。
 そんな俺がなんで今こうして食べ物のことを考えているかというと、別に腹が減っていたり餓えているわけではない。
 自分のために作られた食べ物が、美味しかったから。
 俺もレヴィオに、レヴィオのために何か出来ないかと思ったから。
 でもどこから手をつけていいかわからなくて、途方にくれてる。
 先ほどルリリにテルで相談したら、わたしはクリスタル合成ならできるけれど、手料理はまだ練習中なの、教えられるレベルではないの、とまくし立てられなぜか一方的に切られた。
 最近ようやくなついてきた白いふわふわとしたモーグリとかいう生き物が、部屋の隅で小包を抱えて俺の様子を伺っていた。正式な冒険者になるとお世話係として派遣されてくるらしい生き物はひどく臆病で、なかなか俺の前に姿を現そうとしない。何か言いたそうにしていたので声をかけるとそっと小包を差し出して、ルリリさんから今届いたクポ、と言った。
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 小包は本だった。
 色とりどりの食べ物が載った本だったけれど、俺の求める情報はどこにも載っていなかった。その本には火を使った料理がひとつも載ってなかったのだ。
 そもそもレヴィオの好きな食べ物はなんだっただろうか。
 一緒に食事をしたときのことを思い浮かべながら何を食べたかを必死に思い出そうとするも印象がない。そんなこと、本人に何が好きと堂々と聞けばいいのだが今更過ぎて聞きにくい。
 とにかく傾向を、と普段の食事を思い返せば、魚よりも肉を主体にしていることのほうが多いことに気付いた。一緒に遊びに行くとルリリやツェラシェルはスシと呼ばれる料理を好んで食べる。一方でレヴィオは串焼きやクァール肉を使ったサンドイッチだ。最近はカレーパンとかよくわからない匂いのきついパンをよく持ってたりする。
 でもそれは好きか嫌いかではなくて、単純に旅先での食事、という利便性を追求した結果の気がした。俺だって皆と遊びに行くときに鞄にソウルフレアの触手を忍ばせていくようなことはしない。
 とりあえずよく分からないから肉料理。レヴィオは肉食っぽいから肉料理。
 そう決めた。
 次に何の肉にしようか考えたけれど、俺が思いつく肉は特殊すぎる気がして躊躇った。とにかく競売に出かけて、どんな肉があるか見てみよう。俺にしては驚くほどの行動力で出かけようとした瞬間、耳慣れた警鐘がアルザビ市街地に響き渡った。
 迂闊だった。
 僅かな間アルザビを離れていたとはいえ、練兵の兆候を見逃した挙句進軍されるまで気付かなかった。慌てて調べれば魔鏡は割られておらず、進軍を開始したマムージャ蕃国軍はすぐそこまで迫っている。
 武器を取り部屋を飛び出すと同時に遠くで響く轟音。堅く閉ざされていたアルザビの城門が、城壁が、音を立てて崩された音。度重なる侵略に脆くなった守りはあっさりと瓦解する。
 鼓舞、悲鳴、雄叫び。
 手薄な場所はどこかと走り出した俺の前で、侵略者を待ち受ける傭兵達が敵影に武器を構えた。釣られて俺もまた剣を構える。
「俺コイツら見るたびにコカ肉の煮込みが食いたくなるんだよな」
「ああ、いいね。終わったらコカ煮込みで一杯やるか」
 およそに戦場に似つかわしくない和やかな会話。
 この後に続く台詞は間違いなく、お互い生きて後で逢おう、だ。彼らが生きてまた、酒場でコカ肉の煮込みで一杯やれるかは誰もわからない。だけど彼らはきっとその一杯のために、コカ肉の煮込みを食べる為に戦う。
 この国の為でなく。
 自分自身の明日の為に。
「うっし、行きますか」
 誰に、ともなしに掛けられた言葉。
 狭い通路の奥から戦闘用に訓練されたジズがこちらに向かってくるのが見えた。
「ジズの肉でもいいの?」
 思わずそう呟いていた。
 大きな斧を構えた戦士が俺の呟きに振り返って笑った。
「この国のコカ煮込みっつったら、ジズの肉だろ」
 願っていた答えに俺はジズに向かって走り出した。
「ありがとう」
 

 

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