Seasonig/Onslaught

 



 ルリリから、ジュノ下層に有名シェフの三ツ星レストランが出来たから一緒に行きましょうと誘われた。
 正直三ツ星とか説明されてもよく分からないけれど、そこのシェフお勧め王国風オムレツが絶品なのよ、と鼻息荒くして力説されたから興味を持った。
 王家御用達と言われる王国風オムレツだけれどなんのことはない、ただのサンドリア郷土料理。慣れ親しんだ王国風オムレツは俺の好物で、それを知っているレヴィオがよく作ってくれる。
 早速ジュノで待ち合わせて下層に向かうと、その店の前には長蛇の列が出来ていた。

「ランチ時間ずらしたのに…」
 ルリリが不満そうに呟いて最後尾に並ぶ。
 店は忙しそうで人の出入りは殆どなく、そのため列はなかなか進まない。途中で痺れを切らした数人が列を離れ、それによって俺たちの順番はかなり繰り上がった。
 入り口に近づくにつれて、店内からセルビナバターのいい香りが漂ってくる。
「楽しみね」
 ルリリがそう言って見上げるから、俺も頷いた。
 程なくして座席に案内されると、給仕のヒュームが待たせたことを詫びる。店内は思ったより広くなくて、テーブルとテーブルも随分と余裕を持って配置されているせいか普段利用している酒場のようなごった煮感はない。
 使われている家具は見る範囲全てサンドリアバロック調で、ランプのひとつに至るまでこだわりを感じた、というのはルリリの談。
 二人で目的の王国風オムレツを注文して、運ばれてくる間メニューの「本日のお勧めスイーツ」を穴が開くほど凝視した。散々悩んでルリリはチョコレートの温かいケーキを、俺はマカロンとスノールジェラートの盛り合わせという両極端なものを選び、ようやく運ばれてきたオムレツと対峙する。
「すごいわ!」
 黄金色に輝くオムレツに、サンドリア野菜をふんだんに使ったソースの色合いが、とまるでどこかの批評家のようにルリリが全身で喜びを表現する。
 確かに食に無頓着だと言われる俺でもわかる、整ったきれいなオムレツだった。
 スプーンを握り締めていると、ルリリが笑って食べていいのよと俺を促す。
 一口すくってみると、半熟の卵がとろりと伝った。
 とろける。
 食感はまるでヴィヴルの肝かオロボンの精巣のようだった。
 滑らかで、やわらかく、ふわふわと舌の上でとろけてしまいそうな。どこか少し懐かしい感覚。
「ああ、いいのよやめて、言わないで。あなたの感想はそのまま胸のうちにしまっておいてちょうだい」
 感想を言いかけて開いた唇に、ルリリの小さな人差し指が差し向けられた。
 言わないでといわれれば仕方がなくオムレツを口の中に入れて言葉と共に飲み込む。
「でも、おいしいわね」
「うん、おいしい」
 満足そうに笑ったルリリに、俺も笑い返した。
 美味しかった。
 ルリリに言わすと「ふわとろ」の食感がたまらないそうだ。その言葉はよくわからないけれど、なんとなく雰囲気は理解できた。食べている間お互い殆ど喋らず、時折視線を合わせて美味しさを確認する、そんな食事はルリリとは珍しい。
 だけど俺にはこのオムレツ、少しだけ違和感が残った。
 美味しいのだけれど。
 けれど、なんだ。その後は続かない。だがなぜかそう、思うのだ。
 このオムレツはとても美味しかった。
 でも。
「あら、なんだか複雑な顔をしてるわ」
 食べ終わってルリリが首をかしげる。
 無表情だとか、感情の起伏がないとか散々言われる俺だけれども、そう言ってくるルリリは俺の思考を機微に捉えてくる。けして不満があるわけでも満足していないわけでもないことをなんとか説明すると、ルリリは少しだけ考えて言った。
「あなたが今まで食べてきた王国風オムレツとちがう、とか。わたしはサンドリアンではないから、何が違うのか分からないけれど」
 そのときに分かった。
 分かってしまった。
「分かった。俺、レヴィオのオムレツのほうが好きだ」
「うわぁ」
 ルリリがあきれた様子でそう言った。小さな両手を広げ、ため息をつきながら首を横に振る。
「あなたねえ、愛情は最高の調味料なのよ」
 小さな手がテーブルを軽く叩く。
「あなたのためだけに、あなたのことを思って作られたオムレツが一番でないはずがないでしょう」
 怒ったかと思ったルリリは、それが一番なのは当たり前だわ、と口元に手を当てて笑い続けた。
 なるほど、俺のために、俺のためだけに作ったオムレツ。
 黄金色でなくても、形がオムレツでなくても、盛り付けが豪快でも。
 ここのオムレツと違って卵は半熟ではない。だけど中に野菜じゃなくて俺の好きなジズの肉が入ってたり、雄羊の肉が入ってたりする。
 俺はレヴィオのオムレツが好きだ。
 美味しいとかそういう言葉では表現できない何かがある。他のものと比べられない何かがある。
 ルリリはそれを愛情だという。
「あなたもソウルフレアばかりかじってないで、たまにはレヴィオさんに手料理のひとつでもつくってあげたら」
 そう言ってルリリは楽しそうにまた笑い出した。

 

 

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