Ratsbane/Onslaught

 





「なぁ、顔色が悪い」
「いつものことだろ」
 起き上がろうとすると、マクヴェルに止められた。
 そのままゆっくりと腕が回されて、ベッドの上で抱きしめられる。マクヴェルの息づかいが近くて、触れあった肌と肌から心臓の鼓動だけが大きく響いた。首筋に押し当てられる唇はいつもの行為。軽く吸われて、唇が移動していく。
 背中に回された手がゆっくりと脇腹を撫で、青い装束の下の素肌へと滑り込んだ。
「カデンツァ、着て見せてくれ」
 唇が首筋から耳たぶ、そして頬へと触れる。
 こちらの答えは聞くつもりがないのか、すぐに唇は塞がれて、青の装束は慣れた手つきで剥がされていった。咥内に差し入れられた舌に適当な応対を繰り返すうちに、気がつけば装束は取り払われ、マクヴェルの指が乳首を摘んで捻り上げた。女のものではない、板のような胸の何が楽しいのか分からないけれど、マクヴェルは俺の身体を触るのが好きだった。
 お前の身体は、男とも女とも分からない不思議な感じがする。
 いつだったかそう言われた。比べたこともなかったが、どうも筋肉質でもなく、かといって女のように柔らかいわけでもない、という意味だそうだ。全く嬉しくなかったのは分かって貰えたと思う。
 マクヴェルもそれ程大きいわけではなかったが、俺の身体はすっぽりと両腕の間におさまってしまい身動きが取れないでいた。とりあえずマクヴェルが満足するまで好きにさせることにして、唇が離れた頃を見計らって額を肩に預ける。
「どこか痛むか」
「いや」
 さすられる背中。
「マクヴェル」
 名前を呼ぶ。全部は言わない、分かるだろう。
 そんな曖昧な態度がマクヴェルに正しく伝わったかどうかは計り知れなかったが、観念したのだろう軽いため息とスキンシップ。
「悪かった、何も言わないで。だけどお前言ったら来ない気がして」
 当たり前だ。個人的な都合でリンクシェルを動かして許されるはずがない。
 だけど俺もマクヴェルを責めることは出来ない。個人的な都合でリンクシェルを動かした彼も、それに甘んじて戦利品を受け取った俺も、結局同じだからだ。
 汚くて、狡い。彼女の言葉通りだ。
「あのチップ、お前と取りに行ったやつなんだ」
「だから」
 だから俺に権利があるとでも言うのか。
「あんたが取得したチップはあんたが好きに使えばいい」
「だから好きに使った」
 俺の身体を抱きしめるマクヴェルの腕に力が籠もった。
「俺の目、限界なんだよ」
 絞り出すような声が耳元で聞こえる。
「昔怪我した時に余計な場所まで傷つけたらしくて、だんだん視界がぼやけてきた。このままほっときゃ間違いなくお先真っ暗だ。時間がなかったんだ」
「そんな言い訳」
「見えなくなる前に、赤い装束に身を包んだお前を見たかった」
  強くベッドに押し倒され、息を飲んだ。
 伸ばされた手がたたまれたままの赤き装束を掴んで引き寄せた。それを俺にもう一度押しつけるようにしてマクヴェルは繰り返す。
「なぁ、着てくれよ、カデンツァ」
 頼むよ、まるで泣きそうな声でマクヴェルは言った。
 上半身を起こすと、マクヴェルは僅かに身を引いてみせる。身体をずらすようにして起き上がり、装束を拡げた。俺は黙ったまま袖を通し、首から鎖骨、胸に至るまで一つ一つ丁寧に留め金を掛けていく。微調整は武具専門の調整士に頼まなければならないとはいえ、その革鎧はまるで元々俺のものだったとでも言うかのようにぴたりと身体に吸い付いた。
 飾り紐を結び終えると、手から離れた金の装飾が軽い金属音を立てる。
「似合ってる」
 眼を細めたマクヴェルが何度も頷いた。
「やっぱり、お前は赤が似合う」
 今度は俺が眼を細める番だった。
 不浄なる蒼を纏う青魔道士に、事もあろうか赤が似合う、だとは。それとも、人も魔物も喰らい尽くす、血の色を連想させるとでも言うのか。どちらにせよ素直に喜べない。近づいてきた唇が重ねられて戸惑っていたらそのままベッドへと身体が倒された。性急にコッシャレの内側に滑り込まされるマクヴェルの手。僅かに腰が逃げたのを見逃さず、マクヴェルはしっかりと俺の腰を抱えた。
 上半身を覆う革鎧には一切手をつけず、少しだけ露出した首筋を唇が這う。
「カデンツァ」
 再び唇が重なる。
 尻をなで回すマクヴェルの指が、先ほど酷い扱いを受けた場所に触れても彼は何も言わなかった。痛みは随分と引いていたから、熱を持っているくらいで指先の感触には余り違いがなかったのかも知れない。
「熱い」
 離れた唇から唾液が糸を引いた。
 少し出された舌が赤い。
「いつも冷たいのにな」
 そのまま額に額を合わされて、微かに笑われた。
 手に浸したオイルはいつもよりも随分多めで、開かれた脚の間でいつもより丁寧に慣らされる。指が入り込んでくる瞬間、つい顔を顰めたらごめん、と謝られた。
 コッシャレをずらしたままマクヴェルが入り込んでくる。
 思わず身を捩り息を吐くと腰を止めて気遣うように頭を撫でられた。頬に触れた唇が、知らない別の国の言葉を紡いだ。言葉の意味はきっと知らない方がいい。

 

 

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