Ratsbane/Onslaught

 





 ゆっくりと目の前を下りていく棍の先を、目で追うことしか出来なかった。
 叫ばないようにと無理矢理押さえつけられた身体を捩る。だけど、押し上げられた太ももを滑っていく棍が止まるのを理解したとき、堪えようのない恐怖が襲ってきた。
 痛いのも、酷くされるのも、慣れてる。
 だけど、慣れているのと、我慢出来るのは別だ。
「太さ、丁度いいんじゃない?」
 蔑むようにそう吐き捨てて、彼女は声を上げて笑った。
 それと同時に無理矢理こじ開けられる身体。
 声は出なかった。
 反らした身体は強張って、押し込まれる棍を締め付ける。力が入って中々入らない事に苛立った彼女が、狭い場所にものを押し込むようにして左右に揺らしながら奥へ、奥へと手を突き出してくる。
「ん、んう、う、うう」
 断続的な呻き声が自分のものだ、と気付くのに時間が掛かった。
 彼女が棍を押し込むたびに、押し出されるように漏れる声。痛みは一瞬で、その後はもうじわりじわりと拡がっていく熱と内臓が押し上げられるいつもの感覚。痛覚が馬鹿になったのではないか、と思う程痛みは朧気だった。
 目の前が滲んで、頬の端を熱い何かがこぼれるのが分かった。
 頭に靄が掛かったような、指先の感覚がなくなっていくような、ふわふわとした感覚に、焦点が合わなくなったことを知った。曇った硝子越しの彼女が、赤い唇で何かを言っている。だけどその言葉すら耳はまともに拾ってくれない。
 瞬間、鋭い痛みで全ての霧が晴れた。
 急激に戻ってくる痛覚、そして耳に届く彼女の笑い声。
 身体の中を強くかき回され、痛みに叫んだ。身体の中を擦るいやな音、いやな感覚、感触。ごつごつとした棍が身体の中を傷つけていくのが分かって歯を食いしばった。
 痛い、痛い。痛い。
 暴れる俺を押さえつける男の大きな手。だけどその手もまた震えていて、色を失っているように見えた。
 視界はどんどん滲んでいって、彼女の顔も、ここが何処かすらも分からない程全てが酷く歪んで見えた。それなのにかき回される下半身だけはやけに熱くて、そこだけ鮮明に、何をされているかをくっきりと俺に伝えてくる。
「突っ込まれても勃たないじゃない」
 アンタ不能なの。
 それともやっぱり男のアレじゃないといやなの。
 投げかけられる侮蔑の言葉。込み上げる吐き気と眩暈。
「い、い、あぁ」
 痛みで意識が途切れ途切れになっていくのが分かった。
 短い覚醒と虚ろの狭間。
「お、おい、クレア、もうやめろ」
 震える男の声は耳元に。見えないけれど、見たくはないけれど、音でどうなってるかなんて分かりきっていた。
「こんな事してお前の気は晴れたのか」
 今まで動かされていた手が止まり、今度は鈍い痛みだけが残る。流れていく生温かな感触に軽い恐怖を覚えた。肩で息をする俺を床に転がして、男は羽織っていたと思われる何かを俺に掛ける。腕を背中で戒めていた装束も弛められ、安堵のため息を漏らした。
「黙って」
「クレア」
 その瞬間、音を立てて抜かれた棍が床に転がった。
「うるさい!」
 なんとか押し殺した呻き声を必死で飲み込む。目の前で何発ものフラッシュが炸裂して無様にも床に蹲った。だけどこのありがたいことに痛みは、虚ろへと消えてしまいそうだった意識を現に強く結びつけてくれて、朧気だった感覚を一気に引き戻してくれた。
 身体を動かそうとすると男の手がそれを遮って、軽く二度、俺の腕を叩く。
 動くな、黙ってろ、と伝わってくる。足下で彼女が立ち上がった気配がした。床に転がった棍を踏みつける音、そして彼女はゆっくりと深い息をついた。


 

 

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