Purgonorgo/Onslaught

 



 焼け付くような強い日差しと目が痛くなるほどの真っ白の砂浜。
 眼前に広がるのは何処までも真っ青な海原と色とりどりの珊瑚礁。時折海面を飛び跳ねる小魚が太陽の光を反射してひたすらに眩しい。到着したばかりのマナクリッパーは乗客を降ろしたことを確認すると、汽笛を鳴らして桟橋を離れていった。

 このプルゴノルゴ島はリゾート地としては有名であるが、冒険者にはあまり縁のない場所だ。単純に何もないから、ということもあるし、1日に2便しかないという交通事情もそれに拍車をかけている。訪れる冒険者はみな目的のために仕方がなくマナクリッパーに乗船し、ため息をつきながら帰りのマナクリッパーを待つ。ここでしかできない潮干狩りも時間を忘れるほど楽しいものではなく、価格が高いこともあって暇つぶしにはならない場合が殆どだ。
 それでどうして今俺がここにいるかと言うと誘われたからに外ならない。誰が好きこのんでこんな場所に来るというのだ。しかも初夏も中盤、そろそろ本格的な夏到来という時期に、何が楽しくてこんな辺境の何もない離島を選ぶのか理解できない。
 だけどカデンツァがプルゴノルゴ島に行くけどあんたもどう、なんて聞くから。
 何のためにとか、誰ととか、そんなことその瞬間に頭から全部抜け落ちていた。勤めて冷静にああ、いいよなんて返してすぐに後悔した。なぜならば、少し前にユランがリンクシェルで療養と言えば静かなリゾート地がいいだとか、気分転換にプルゴノルゴ島なんかどうだ、とか言っていたことを思い出したから。それを真剣にカデンツァが聞いていたのを思い出したからだ。
 だが悪いことばかりでもない。よくよく考えてみれば俺に声がかかったということは、あのトサカ頭と二人きりでいくわけではないということだった。カデンツァなりに自分のために怪我をしたトサカ野郎のことを思っての行動だろうということくらい俺でも分かる。だがその方向性というか、着地点に多少なりのずれがあるのが笑えてくる。恋愛下手のカデンツァらしいと言えばそうなのだが、多少なりあのトサカには同情せざるを得ない。

 強い日差しに肌を刺されながら、トサカ以外は水着に着替えた。多分、まだ怪我の痕があるのだろう。申し訳程度に袖口から見える手の甲に、俺をかばったときについたと思われる傷痕を見つけて息を飲んだ。傷痕は男の勲章だなんて俺は一生思うことはないだろう。
 傷痕から目をそらせずにいたら、カデンツァとルリリが連れだって潮干狩りのバケツを取りに行ったのを見計らうようにトサカのほうから声をかけてきた。
「まだ残ってんだ、水着俺も着たいんだがな」
「それは俺のせいで」
 そこまで言ったらお前のせいじゃない、とはっきりと言われた。
 これがこの男の強さなのかと思った。みじめな気分というよりは爽快な敗北感とでも言うのか、言葉ではうまくあらわせないが。
 すぐに戻ってきたカデンツァとルリリから何度もそこが抜けてなおしたと思われる小さなバケツを受け取って海岸へと移動する。耐久性のなさそうなバケツをしみじみと眺めていると、ルリリが俺を見上げて言った。
「その小さなバケツは50ポンズくらいが許容量で、ギリギリまで詰め込めばダブルアップで大きなバケツに交換してもらえるのよ」
 得意げに胸を張る小さなタルタルは、よく見ればカデンツァとおそろいの青い水着を着ていた。去年だったかアイドルショーで配っていたものと記憶している。俺のといえば数年前の夏祭りで購入したもので、必要もないのに収納の奥に片付けていたから引っ張り出してきたものの飾り気もなく古臭さが漂う。そのときはアイドルショーと鼻で笑っていたが、まさかこんな機会があるとは。
 しかし幼児体型と言っては失礼だが、これといって女性的なふくらみもくびれもないタルタルにその青い水着は案外と似合っている。お団子にして高く結わえた赤毛には、申し訳程度に同じ色のリボンが結ばれていた。
「バケツを壊さなければとったものは全部もらえるから、大きなバケツにダブルアップしていくといいわ」
「重さの感覚がものを言うってわけだ」
 割り込んだトサカが近くにあった火成岩をひとつ持ち上げると、手のひらで何かを確かめるように転がしてから頷いた。
「大体これで35ポンズってとこだな」
 手渡された火成岩は手のひらにずしりとした重みを感じさせる。
 これが35ポンズ。心の中で繰り返してみるも、いまいちぴんとこない。
「こんなもの入れたらすぐに底が抜けるじゃないか」
「だからそこはうまくやれよ、ってことだ」
 間違ってそんなものをバケツに突っ込むなよということかと理解するのにひとしきり時間がかかった。正直潮干狩りなんて初めて経験する。前にラバオでカデンツァとリンクシェルメンバと金魚すくいをしたことがあるくらいで、純粋に俺自身が祭りを楽しんだ記憶はない。夜になるとは花火とともに流れるウィンダスのトンチキ音頭を思い出して頭が痛くなった。
「ツェラ様も行きましょう」
 ルリリに促され移動する。一足先に浜辺でしゃがみこんだカデンツァは波打ち際で一生懸命砂を掘り起こしていた。真剣なのか楽しんでいるのか傍から見ても分からないが、見つけたものを片っ端からバケツの中に突っ込んでいく姿はなんだか和む。こうやって見ているとまるで子供のようだと思った。
「カデンツァ、あなた入れすぎよ」
 ルリリが笑って忠告した瞬間、バケツを持ち上げたカデンツァの足元に今まで入れたたくさんの貝殻や木材、石ころが音を立てて散らばった。バケツの底が抜けたのだ。
 バケツを持ち上げた本人が一番驚いたのだろう。珍しく目を丸くしてかたまったままのカデンツァにルリリとトサカが噴出した。
「これは見た目より重たいんだ」
 トサカがカデンツァがぶちまけた残骸からビビッドな色合いの貝を拾い上げて自分のバケツに入れる。
「ほら、また貰ってくるから」
 そしてそのままそのバケツをカデンツァに差し出して、代わりに底の抜けたバケツを受け取った。トサカはビビキースラッグが3ポンズくらいだからそれを参考に、と言い残して桟橋のほうへと歩いていく。残された俺たちは参考のビビキースラッグを片手に拾うもの拾うもの比較してバケツの中に詰め込むことになる。
 ルリリはなかなかのベテランで、あっという間に本人曰く48ポンズくらいのバケツを作り上げた。ダブルアップしてくる、とその場を離れたルリリ。トサカはまだ戻ってこない。


 

 

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