Depend on you/Onslaught

 




「何か食える?」
「むしろ何があるんだ」
 革袋から買ったものを全て取りだして、一つ一つ商品名を読み上げると、ツェラシェルは途中でため息をついた。どうやら読み上げた中に彼が食べたいものはなかったようだった。
「お前さ」
 折角買ったのだから、とこれは持って帰ろうとラケルダの缶詰を袋に戻していると、ツェラシェルが小さく言った。
「いい、置いておいてくれ。あとで食べるから。とりあえずそのサーモンサンドをくれ」
 紙に包まれた黒パンのサーモンサンドを手にとってベッドへと近づく。とにかくサンドイッチを食べていたという記憶だけを頼りに適当に見繕ったものだったから、ツェラシェルの口には合わなかったのかも知れない。ちゃんと食べたいものを聞いてから買えばよかった、と後悔するも既に遅かった。普通の人との食事には大きな隔たりがあることは十分過ぎると程理解していたはずだったのに。
 サーモンサンドを差し出すと、ツェラシェルは思いの外しっかりとそれを受け取った。
「とにかく何か腹に入れないと治るものも治らないからな」
 口に入れるなり味がしないと文句をたれながらも、ツェラシェルはサーモンサンドに齧り付いた。
 食べる、というよりは水で流し込む、そう言い換えた方がいい。ゆっくりと噛んではいるが、喉が腫れているのか中々飲み込むことが出来ない、そんな様子が伝わって来て何となく見ている方も非常に疲れた。食べ終わるのを見計らって立ち上がると、ツェラシェルの腕が伸ばされて俺の手を掴んだ。
「なに、俺は帰るけど」
「もうちょっといてくれ」
 寝た方がいいだろう、と言いかけると、腕を引っ張られてベッドのわきに膝を付くはめになる。
「頼む、眠るまででいい。そこにいてくれ」
 掴まれた手が熱い。恐る恐るツェラシェルの額に手を乗せれば、まるで茹だったかのように熱かった。短い息を吐いて、冷たいなお前の手、と呟くツェラシェルは酷く衰弱しているように見えた。
「悪い、俺こういうときどうしたらいいか」
 咳き込んだツェラシェルがうっすらと目を開ける。
「お前、熱出したときどうしてもらった」
「どう、って」
 咳と、熱と。
 脳裏を掠める微かな記憶。
 背中が、大きな手が。俺の身体を抱きしめてくれた優しい手。外気温とさほど変わらない冷えた納戸で、温かくて柔らかいシーツと人肌に包まれて、アルタナの夢を見た。思い出したくもなかった、苦くて、愚かで、幼い記憶。
「あまり、熱とか、出さなかったから」
 口籠もったのが分かったのだろうか、ツェラシェルはさらに眼を細めて俺を見上げる。
「でも、出したことはあるんだろ。そのときにして貰った事、俺にもしてくれ」
 途中で咳き込みながらも、ツェラシェルの手は俺の手を放さなかった。誰か、傍にいてくれたんじゃないのか、と続けられて俺は曖昧に頷くほかなかった。
 ベッドの端に手を掛けて身を乗り出すと、ツェラシェルは俺の手をゆっくりと引いた。掴まれた手がじんわりと熱を帯びたのが分かる。膝を付いて、ブーツの革紐を弛めた。僅かにツェラシェルが身体を横にずらし、ベッドに俺の場所を空ける。覚悟を決めて滑り込むようにツェラシェルの隣に身体をおさめると、酷く熱い腕が俺を抱きしめてきた。
「熱い」
「冷たくて気持ちがいい」
 ツェラシェルの身体は本当に驚く程熱くて、肩口に埋めた俺の顔はまるでゼオルム火山にいるかのように火照る。俺の背中に向けてひとしきり咳をして、ツェラシェルは軽く身震いした。呼吸の度に胸の辺りから掠れたような音が聞こえて、何とも言えない不安だけがつのった。
「キスしたら、うつるか」
 ぜいぜい、とも聞こえる浅い呼吸が気になって目を閉じる。
「したければすればいい、多分うつらないから」
「やめておく。もしもお前がこんな風邪を引いたらあっという間に死んでしまいそうだ」
 冗談だとは分かっていたけど、死なない、とは言うことが出来なかった。黙ってしまった俺を、ツェラシェルの手がそっと撫でてくる。
「喋ってないで寝ろよ」
 微かに笑った気配。
 苦しくてなかなか寝付けないのだろう事は理解するが、俺が居ることで眠らないなら、俺は疫病神でしかない。居たたまれない気持ちで眠らないなら帰る、と言うと急に背中に回されていた腕に力が込められた。
「寝るから、いてくれ。子守歌代わりにお前の話を聞かせてくれ」
 弱ってるんだ。
 そう、思った。
「聞いて楽しい話しなんか、ない」
 なんでもいいんだけどな、と笑われて、ツェラシェルに抱きしめられる。
 俺の話なんて、何一つ聞いて楽しいものなんてない。誰かとどこかへ行ったとか、何処でどんなことをしたとか、話せるようなことは何一つなかった。気の利いた話し一つ出来ない俺と、どうしてこう向かい合ってくれるのか、分からない。結局の所行き着く先が決まっているなら、その過程なんてどうでもいいことだろうに。
「じゃあ────」
 缶詰の理由を。
 そう言われて思わず聞き返した。
「最初に逢った頃も、お前缶詰買い込んでただろ。今も缶詰ばかり買ってきたし」
「大した理由じゃない」
「いい、聞かせてくれ」
 熱い身体が覆い被さってきて、額に軽く唇が押し当てられた。
 何で缶詰か。簡単だから。楽だから。保存が利くから。どうせ味は分からないから。色々と理由はあるが、それのどれも正解ではない。一理はあるだろうが、それが全てではなかった。
「初めてこっちにきて買ったもの、だから、かな」


 

 

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