Depend on you/Onslaught

 




 ツェラシェルが風邪をひいた。
 そうルリリから聞かされたのは、秋も深まったワジャーム樹林が茜色に染まりきった頃。
「今時期に珍しい」
 そう答えたら、病弱そうに見えてちっとも病気をしない貴方とは違うのよ、といかにツェラシェルが繊細かを力説された。繊細かどうかはさておいても、普通の人間なら季節の変わり目に病に倒れることもあるだろう。
 俺はと言えばルリリの言葉を借りて言うなれば、不健康の代名詞、だそうだ。流行病はともかく、こちら側に来てからというもの病気一つしたことがないのに酷い言われようだが、普通ではないことくらいは理解している。
「貴方、いつもお世話になっているのだから、何か食べられそうなものを買ってお見舞いに行ってあげてちょうだい」
 本来ならわたしが直接行きたいのだけど、わたしは今から空だし、一応女性ですもの。男性の一人住まいにお邪魔するなんてツェラ様も気を遣ってしまうわ、と彼女は少しだけ寂しそうに笑った。頼んだわね、と俺に小さな手を振るルリリ。
 彼女の方が繊細だ、と俺は思う。
 他のシェルメンバのほうに、俺をだしにして一緒に見舞いに行けばいいのに彼女はそうしない。下手に行けばツェラシェルが病にもかかわらず気を遣うのが目に見えているからだ。ルリリはいつだってツェラシェルをよく見ていて、そしてツェラシェルの事を一番に考える。
 彼女の小さな背中が見えなくなってから、俺は小さくため息をついた。
 逢えば必ず身体を重ねる関係になって数ヶ月。果たしてこの逢瀬は見舞いになるのだろうか。とはいえ、ルリリに頼まれた手前、行かないわけにもいかなかった。
 とにかく連絡してみて、ツェラシェルが断ってくれればそれに越したことはない。寝ていたら連絡がつかなかった、とでも言い訳できる。そう思って軽くメッセージを送ってみた。
 予想を裏切って、メッセージの返信はすぐに来た。

 生きてる。
 おこしてしまったかな、わるい
 いや、起きてた。鼻水が酷くて眠れない。
 なにかほしいものある
 飲み物、なんでもいい。頼む。

 普段に比べると随分と手短なメッセージに少しだけ心配になった。とりあえず何が飲めるのか、何を飲めばいいのかも分からなかったから、手近な店で蒸留水とパインジュースを買った。これ以上端末を操作させるのも悪いと思って、とにかく自分の思いつく限りの食べられそうなものを買い込んでツェラシェルのレンタルハウスへと向かう。
 彼のレンタルハウスはアルザビ側にあって、白門からはかなり遠回りだ。バルラーン大通りを突っ切って、アルザビ側から回った方が随分と近い。昨夜は大規模な市街戦があったばかりのアルザビ市街は未だ復旧の兆しもなく、露天商の姿もなかった。人通りも少なく、寂しげな市街地を抜けて居住区へと足を踏み入れる。
 市街地が機能していないからか、アルザビ側の居住区も閑散としている印象を受けた。人はまばらで目的のレンタルハウスのドアを叩くまで数える程の人としかすれ違わない。市街戦さえなければ静かでいい場所なんだがな、そう言ったツェラシェルの言葉を今更ながら理解した。
 レンタルハウスのドアを叩くと、確認もせずにすぐにドアは開いた。
「俺じゃなかったらどうするんだ」
「お前だと思った」
 詰まった鼻声だった。いつもの爽やかな声からは想像もつかないほど酷い声。
 部屋に促され、鼻を啜ったツェラシェルの後をついて小綺麗に片付けられた部屋に入る。そこからベッドまでの数十歩の間に、ツェラシェルは何度も咳を繰り返し背中を震わせた。
「横になれよ」
 頷いたツェラシェルを半ば無理矢理ベッドに押し込めて、近くにあったテーブルに買った荷物を置く。革袋から蒸留水を取りだし、その一本をツェラシェルに手渡すと残りをテーブルに並べた。
「あと分からなかったからパインジュースも」
 有り難う、その言葉も言い終わらないうちに咳き込んだツェラシェルは口元を押さえて背中を丸める。
「酷いな」
「これでも随分とマシになった方だ」
 喉から音が聞こえてくるほど荒い息をついてツェラシェルはそう言った。
「何か食った?」
「出歩く気力がない」
 そりゃあそうだろうな、と返しながら購入した食べ物を今度はテーブルの上に並べていく。
 基本的にツェラシェルは食事を外で済ます。たまに持ち帰ることもあるようだったが、主にそれはホットドッグやサンドイッチの類で、自宅で食事を取るという概念は彼の頭にはないらしい。部屋を軽く見渡しても、片付いてはいるが不要なものを置く趣味もないらしく、備え付けの簡易キッチンにはケトルすら置いていなかった。
「俺が来るまで飲まず食わずか」
「いや、昨日誰かが何か持ってきた」
 誰か。何か。覚えていても貰えない誰かと何かに軽く同情した。
 ツェラシェルは病でも絶えず誰かを意識している。部屋も換気されているし、タオルが干してあるところを見ると風呂にも入った様子だ。何かを食べに出歩くことすらつらいなら、何もせずに寝ていろと思うのに。言えば来てくれる友人くらい、何人もいるだろうに。そう言う弱った姿を見せたくないのだろうか。
「お前が来てくれて助かった」
 横になり、目を閉じたままそう言ったツェラシェルを見た。元々肌が浅黒いからか、それ程病的には見えなかったが、心なしか血の気がない。眉間に寄せられた皺が目を開けているのもつらいということを知らしめていた。


 

 

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