Cursed/Onslaught

 



 商品は丁寧に、かつ優しく扱わなくてはならない。
 傷付けてはいけない。それは、商品が無機物でも有機物でも同じだ。天晶堂の商品は、時にして生きた人でもある。其処に罪悪感などない。あくまでもそれは商品であり、天晶堂はそれを右から左へと運ぶのが仕事。
「時間がねぇんだ、お前だってさっさとアトルガン皇国に行きたいだろ」
 フォルセールは別室に小汚いヒュームを連れ込むと鍵を掛けた。
 本当ならこういった事、───仕込み、は手慣れた業者が請け負う。彼らは短時間でこちらの要求通りの商品として完璧に仕上げてくれる、がそれをしてしまえば、彼は二度とまともに太陽を拝む事は出来ないだろう。
「覚悟は」
 扉を入った後立ち尽くすヒュームにフォルセールは問いかけた。
 2度も逃げるチャンスを与えたのは初めてだった。このまま逃がすのは惜しい、だが、同時に罪悪感にも似た何かが身を擡げている。それはこのヒュームが持つ雰囲気のせいか。
 他人の人生など知った事ではない。
 ここは天晶堂。金になることなら、例えそれが人を殺めることであっても厭わない。ありとあらゆる商品を取り扱ってきた、その中に少年など何人もいたはずだ。何かを振り払うかのようにフォルセールは首を横に振った。
「風呂はあっち、入ってこい。ゆっくりでいい」
 フォルセールは立ち尽くしたまま、逃げる素振りすら見せないヒュームを顎で促した。ゆるゆるとした動作で風呂に向かう背中を見送って溜息をつく。
 シャワーの水音が聞こえて来たのを確認してから風呂場へ向かい、脱ぎ捨てられた服をあさる。ぼろぼろの薄手のチュニック、ポケットには何も入っていなかった。
「おいおい、財布もねぇのか」
 所持品といえば、何も入っていない小さな革袋、そして使い古され破れ掛けた天晶堂の紹介状。身分を示すようなものは何一つない。

 ───どこからか、逃げてきた、か?

 所持金が1ギルもないのが気になった。
 ここは自由の象徴とも言える中心都市ジュノだ。働こうと思えば、住み込みでも雇ってくれる場所はいくつもある。アトルガン皇国は諦めて、まっとうなところ紹介してやるからそこで働いて金でも貯めろ、と言うべきか。
 掴んだ服を全てゴミ箱に放り込むと、真新しい服を脱衣場の籠に代わりに置いた。
 突然水音が止まり、痩せたヒュームが姿を現す。脱衣場にいるフォルセールの事など目に入っていないかのように彼は淡々と水滴を拭き取った。
 一糸纏わぬ姿は酷く華奢で、フォルセールの芽吹いた罪悪感を煽る。
「服はこれを着ろ」
 そんな気持ちを誤魔化すようにそう言うと、ヒュームは不思議そうな顔をフォルセールに向けた。
 その瞬間に悟った、覚悟すべきは自分なのだと。
「お前、名前は」
「カデンツァ」
 抑揚のない声で返された名前はサンドリアの響き。フォルセールはカデンツァの腕を掴むと引きずるようにベッドへと連れて行く。その掴んだ腕は、力を込めてしまえばたちどころに折れてしまいそうな程細く頼りなかった。
「うつ伏せになって尻あげな」
 恥ずかしげもなく脚を開き、四つん這いになったカデンツァにフォルセールは何度目かの溜息をついた。
「従順なのもいいが、少しは恥じらえ。その方が客も喜ぶ」
 自分で客、という言葉を使っておいてフォルセールは舌打ちした。
 騙して仕込んでしまえば、後はオークションでもなんでもいい、高値で売りさばける事は確実な逸材だった。その方が天晶堂としても実入りがいいし、手放してしまえば後腐れもない。普段なら、迷わず業者に引き渡し、それでさよならだ。
 だがフォルセールが提案したのは、天晶堂にとって、フォルセールにとって分の悪いものだった。


 

 

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