Cursed/Onslaught

 



 握りしめた天晶堂への紹介状は酷くぼろぼろで───
 彼がそれを手に入れるのにも大変な思いをした事が伺えた。


「はぁ、まあ持ってきたんなら」
 しょうがない、と呟いてフォルセールは溜息をついた。
 目の前にいるのは、今にも倒れそうなヒューム。チュニックで隠してはいるがその身体は酷く華奢だ。間違いなく冒険者ではない、そうフォルセールは感じた。
「めんどくさい話はなしだ、商談といこうぜ」
 ここは天晶堂。金になる話なら、それがどれだけ危険なことでも請け負う。商売にはリスクはつきものだ。
 そう、お決まりの台詞を言おうと息を吸い込んだところで、か細い声がそれを遮った。
「…アトルガン皇国へ行きたい」
 何処で聞きつけてきたのか。フォルセールは僅かに眉を上げた。
「ここのルールは、欲しいもんがあったらそれ相応のもんを用意することだ」
 目深に羽織ったチュニックは薄汚れており、どう見ても金を持っていそうにはみえない。フォルセールはギルでいいぞ、と言いかけた言葉を飲み込んだ。

 ───さて、どうするか。

「いくら、ですか」
 初めて、小柄なヒュームがフォルセールを見上げた。フードの隙間から見える白い肌と柔らかそうな唇、フォルセールはそこに別の臭いを感じた。金になる、臭い、だ。ただ金を払わせるよりも、ずっと金になる。長年天晶堂で培われてきた勘がフォルセールの耳の奥でそう囁いた。
 手を伸ばし、ヒュームのフードをめくる。
 白い肌と対照的な黒い髪。
 澄んだ鳶色の瞳がじっとフォルセールを見つめていた。均整の取れた顔の作りはまだ男として成熟していない。僅かに残った少年のあどけなさが不安定な色を醸し出す。その成長過程のゆらぎが堪らなくいい。
 フォルセールは音を立てて生唾を飲み込んだ。指の背でそっとなめらかな頬に触れる。ヒュームは僅かに肩を震わせただけで、フォルセールの手から逃げることはなかった。
「50万ギル、50万だ。ビタ1ギルまからねえ」
 は、とヒュームが息を飲んだ。
 無理なのは承知の上だった。これで懐から50万ギルが出てきたらそれはそれでフォルセールの負けだ。
「無理、です」
 50万なんて、と呟くヒュームの唇は僅かに震えている。
 フォルセールはそっと安堵の溜息をつく。最初の勝負には勝った、だがここからだ。
「これでも破格の値だと思うがな」
「でも、50万なんて」
「諦める、か?」
 喰い付いてこい、とフォルセールは他にも手段があることを言葉に言い含めた。唇を噛みしめたヒュームは、一瞬酷くつらそうな表情を見せ、何語かの祈りの言葉を小さく紡いだ。
 思ったより話は早そうだった。おそらく彼は、彼自身の価値を理解している。
 それか、指の色が失われるほど握りしめた紹介状の為に、その純潔の花を散らせたか。
「何言われるか想像ついてんだろ?」


 

 

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