Schwarz/Onslaught

 



 

 営業部にいる一足先に係長に昇進した同期は実は大学の先輩。
 そしてそいつが最近結婚した相手は、大学で所属していた映画サークルの後輩だった。
 世間は狭い。
 学生時代俺がその後輩に一目惚れして長く片思いしていたとか、後輩のほうも少なからず俺に好意を持っていてくれていたのではないかなんてことはこの際どうでもいい。あいつとは学部もサークルも違うのにどうやって知り合ったかとか色々気になるがそれも考えないことにした。
 結局のところ俺の恋が実らなかっただけの話だ。

 新築だという小奇麗なマンションに日付が変わる頃にお邪魔した。
 仕事帰りに軽く一杯のつもりが何時のまにかはしご酒。うち一人が酔いつぶれた挙句、あいつが遅くなるから先に寝てていいと連絡していた携帯電話を横からもぎ取って無理矢理お邪魔する約束を取り付けた。こんな遅くに迷惑だとか、ありえない成り行きにさっさと帰ればよかったのに好奇心に負けた。
 オートロックを抜けてエレベータに乗り込んで、へらへらと笑う同期の酔っ払いを恨めしそうに睨み付けながらあいつは困ったような顔をしながらしきりに時間を気にしていた。その理由は後で分かったことだが、世間では土曜日になる明日は公休日だけれど、家で待つあいつの「嫁」は違ったということだった。
 11階の角部屋。
 ただいま、とお邪魔しますが混在する挨拶。
 それを迎えた「嫁」に俺は驚きを隠せなかった。お邪魔するのに手ぶらは、と思って途中で買ったシュークリームを手渡すと俺の顔を見て彼は目を細めた。久しぶり、そう小さく言うとうん、と返ってくる。忘れられていなかったことに少しだけ安堵した。
 リビングと思われる場所であいつが汚すな触るな禁煙だと怒鳴っているのが聞こえる。彼は手元のシュークリームから視線を外し、あいつの元へと駆け寄った。
 ビールでいい。
 いや自分でするからお前は休んでいいよ。
 いいよ、大丈夫。なんか食べる。
 そんな夫婦の当たり前のような会話が耳に届いて、改めて他人のものになってしまった彼を見つめる。鞄から取り出したドーナツショップの袋をあいつから手渡され、俺が渡したシュークリームのときとは比べ物にならないような笑顔がこぼれる瞬間を見た。
 込み上げた何か。思い出した学生時代。
 そんな俺の気持ちなんか露知らずに、あいつはビールでいいかと軽い調子で聞いてくる。
 頷いて、部屋にあがってリビングに置かれた大きなテレビと最新型のホームシアター設備を見て思わず笑いが込み上げた。
「なあ、まだ映画好きか」
 怪訝な表情のあいつ。
 知り合いだったなんて言ってやらない。好きだったなんて知らなくていい。
「好きだよ」
 返ってきた答えに満足して俺はリビングのソファに腰掛けた。
 暫くして冷えた瓶ビールとさきいかのおつまみが運ばれてきて、そこで彼は先に寝ると言って寝室へと引っ込んでしまった。あいつから明日仕事なんであまりうるさくしないで欲しいと控えめに頼まれたが、既にリビングで寝ている同期の男はともかく俺とあいつの二人でどううるさくするのか疑問だ。

 

 

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