白の呪文/Onslaught

 



 修道士になるのは小さな頃からの憧れで、ヒュームという身で有りながら、サンドリアに生まれた俺は大きくなったら必ず大聖堂に勤めるのだと信じて疑わなかった。
 友人たちは華やかな神殿騎士や王立騎士に従属する中、俺は一人地味な修道士の道を選んだ。だけれど、大聖堂で働くには、信仰心の厚さだけではだめだということを同時に思い知る。それでも、どうしても大聖堂で働きたくて、何度も大聖堂に通った。
 何度目かの訪問の際、たまたま偉い人がいて、運良く俺は待ち望んだ切符を手にすることができた。
 その切符の代償が、何であるかなんて知らなかった。
 何故、働く事が許されたのか、そんな理由知らなかった。


 期待に胸を膨らませ、俺は指定された場所へ向かった。
 大聖堂で働く事が出来る。俺にとってそれはとても大事なことで、其処で何が出来るか、よりも、其処に俺という存在があるということが全てにおいて大切なのだと思っていた。
 信仰とは何か。
 同じアルタナなの子であるというのに、サンドリアにおける信仰は、「エルヴァーンではない」という種族の違いが重たくのし掛かってきた。だから、雇って貰えると聞いたとき、信仰に種族の差はないのだと、ようやく認めて貰えた気がしたのだ。
 最初はヒュームなんて、と嫌な顔をする人もいるだろう。それでも、俺の存在が、種族の違いを超えた何かに変わればいいと思う。
 そんな思いを胸に、大聖堂に向かったのだ。
 必要なものなどない、信仰と、その身一つで来なさい、と言われたけれど、長く使った聖典だけは持ってきた。
 それが俺の全て。俺の始まり。


 大聖堂に入ると、すぐに疑問符つきで名前を呼ばれた。
 じっと俺を見下ろすのは、緋色の髪をもつエルヴァーンの修道士。少しだけ目を細め、聞こえないような小さなため息をつく。その残念そうな様子に、やはりヒュームは雇えないとでも言われるのだろうかと心配していると、彼は俺の手を取って諦めたように言った。
「ようこそ大聖堂へ」
 彼に手を引かれ、アルタナ像のある聖堂ではなく、奥の小さな階段を下りていく。
 次第に薄暗く、日の光の届かぬ地下に降りていく感覚は少しだけ怖い。それはまるで隔絶された世界への入り口のようで、奈落にでも繋がっているかのようにも思えた。
 その不安が分かったのか、それとも歩みが遅くなった俺を咎めたのか、強く握られる手のひら。
 突き当たりの重々しい扉を開いて、俺は。


 楽園へ案内されるはずだった。
 その扉は、楽園への扉のはずだった。


 そこで俺を待ち受けていたのは、信仰をはき違えたあきらかな狂気。
「何のために、信仰心しかないヒュームであるお前をここで働かせる事にしたのか、理解しなさい」
 その言葉を理解するのには時間が要した。

 長い陵辱の記憶。
 それは短い覚醒と、深い眠りを繰り返した記憶。
 痛みはすぐに感じなくなった。景色すら見えなくなった。
 誰がどこにいるのかも、さっきまでうるさい程に聞こえていた音も。

 色さえも失われた世界で、ただ自分の身体に群がる手だけが蠢いて、酷く気分が悪かった。
 それでも、全てから目を背けたのは何に期待していたのだろう。
 それでも、なお其処にとどまろうとしたのは何故だろう。


 目の前にある偶像からは、何一つ答えなど得られないのだと知った。



 俺を雇った偉い人の、冷たい言葉が胸に突き刺さる。
 曝かれるのは、楽園の扉ではなく俺自身なのだと。

 


 

 

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