石畳の緋き悪魔/Onslaught

 



 ジュノを出て、バタリアの北西にある禁断の口を目指す。
 仲がいいのかな、と思えばそうでもないらしく、友人、レヴィオはすまなそうな笑顔を向けてきた。
 レヴィオは本当に古い友人だ。友人という言葉を使ってはいるが、その関係は友人というより、同僚に近い。それに友人と言うほど、仲がいいかと言えば答えはノーだ。彼と俺の関係は、口で簡単に説明出来るものではない。
 例えるなら、彼は主を持つ執事で、俺は隷属するペット。
 ほら、分からないだろう。でも、こういう例えしか、当てはまるものがない。

 素直に白状すると、彼は、レヴィオは大っぴらに言えない俺の過去を全て知っている、数少ない一人だ。
 俺の絶望を誰よりも知っている男であり、愚かにも救いを求めた俺の手を、初めて握り返してきた男だ。
 そして、俺を地獄から連れ出してくれた男。

 レヴィオに感謝はしている。
 だが、信じていたわけじゃない。決して。


 禁断の口に入ってから、徒歩でジャグナーに移動する間中、ナイトはおしゃべりに夢中だった。
 誘って貰っておいてなんだが、正直帰りたい。きっと俺はノールに縁がなかったのだと、今ならあきらめられる気がする。
 おしゃべりの内容は、大半が自慢話だ。許容できる範囲ではあるものの、大声で喋られては気が散る。ここは過去世界のバタリアで、現代ほど安全が確認されているわけではないのに。
 ゴブリンたちの集団を遠巻きに迂回して、安堵のため息をつく。
 無駄な戦闘は避けたい。体力的にも、精神的にも。
 問題はそれだけじゃない。
 つり目の白魔は白魔で人のことをじろじろと見てくるだけで黙ったままだ。どこか鞣した革鎧の紐でも結び忘れているのかと思って何度も確かめたがそんなことはなかった。煌びやかな装飾が沢山ついた皇国の装束が珍しいという訳でもなさそうだ。
 視線がまとわりついて気持ちが悪い。
 こんな視線、嫌だ。
「少し、黙って貰っても?」
 物語は佳境で、すばらしいナイト様が苦戦続きの戦闘に颯爽と駆けつけ、半壊していたパーティを奮い立たせるというありふれたストーリー。そこで俺もさすがナイトは格が違った、とでも合いの手を入れてやればよかったが、生憎とそんなユーモアのセンスは持ち合わせていない。
 うんざりした様子でナイトの自慢話に耐えかねてそう言うと、何を勘違いしたか腰を掴まれていきなり引き寄せられた。驚いて喉から悲鳴が漏れる。
「緊張してる?大丈夫、怖いなら守ってあげるよ」
 耳元で囁かれる台詞に虫酸が走る。叫びそうになる俺を止めてレヴィオが腕を引いてくれた。
「離せ、嫌がってる」
 ため息が漏れる。
 ジャグナーに入ればオークたちが砦を築いている。そんな中、こいつらと一緒に行くのかと先が思いやられた。
「夜、移動するのはやめたい」
 疲れていたのもある。色んな意味で。
 ジャグナーを入ってすぐのところで、俺はキャンプを提案した。予想以上にバタリアの縦断に時間が掛かったこともあり、集中力を欠いている今。闇夜の中オークたちが徘徊するうっそうとした密林を無事抜けられる気がしなかった。
 本来なら交互に見張りを立てて休むべきなのだけれど、もうそんなところまで頭が回らなかった。レヴィオも何も言わないし、いいか、と確認を怠った。あんなに酷く鳴り響いていた警鐘は、睡魔の前では無力だ。
 壁にもたれて目を閉じた瞬間、強烈な睡魔に襲われた。
 いけない、と思いつつも身体は闇に沈む。まるで、これは、強制的な魔法の眠りに近い。
 無防備すぎたが比較的安全な場所をキャンプに選んでよかった、なんて思ったのもつかの間。そこは、別の意味で安全ではなかった。
 俺はとことんついてない。
 やっぱりノールには縁がなかったのだと思い知る。いや、ノールじゃない。
 LSの仲間と楽しくやっていくというその普通の生活が、俺には夢物語でしかなかったのだ。


 それは、レヴィオにとっても。


 

 

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