石畳の緋き悪魔/Onslaught

 




 一度刺さった棘は、抜けずにいつまで俺を苦しめ続ける。
 いつだって、信じていた神はここ一番に裏切って、あっさりと見捨てていく。信じられるのは、結局のところ自分自身しか居ないのだと、そう囁いて。
 神なんて、都合のいい存在はこの世の何処にもいないのだと。
 ねぇ、アルタナ様。
 同じアルタナの子なのに、どうして俺には祝福をくれなかったのか。
 あなたが裏切ったから、俺も人であることをやめたんだ。もし、あなたが俺を見捨てなかったら、俺は。

 それとも、あなたは俺が裏切ることを知っていたから、最初から愛してはくれなかったのか。

 ───祈りも、罵倒すらも、あなたには届かない。



 珍しく人が多く行き交うジュノ上層。
 女神聖堂前での待ち合わせは、少しだけ緊張する。いまだに俺の中で神聖である場所。いや、神聖でなければならない場所に、汚れた俺が居てもいいのか悩むからだ。
 正直そんな遠い昔のことを思い出して感傷に浸るような趣味は持ち合わせていない。俺はこんな身体だが今を生きているし、少なからず人生を謳歌している、と思っている。

 今、生きているのは、ツェラシェルのお陰だ。
 あの後馬鹿みたいに泣きじゃくる俺を宥めて、ツェラシェルはまたもや満身創痍の俺を抱えて帰ってくれた。今度ばかりはさすがのルリリも安否を気遣うメッセージばかりを送ってきて、数日おきにお菓子や果物を届けに来た。なんだか俺の方が悪いことをしている気分になるほどに。
 後で聞いた話だが、俺を窮地に追い込んだテルを送った後、返事がない事に気が気じゃなくなったらしく、ルリリはそのことをLSで相談した。すぐに探しに行く、というルリリを止めて、ツェラシェルが出向いて来たのは俺にとって幸いだった、のかもしれない。
 俺を送り届けた後、ツェラシェルは二日ほど俺の部屋に泊まっていったが、あのことを口にすることはなかったし、何か聞いてくることもなかった。それは凄く有り難い事だったけれど、正直ツェラシェルが帰った後、恥ずかしくて二度と会えないと思った。
 俺にもまだ、羞恥心の欠片が残っていたのだ。
 ルリリはあれから罪滅ぼしとでも言うのか一緒にノールをやりに行こう、と誘ってくるけれど、俺は体調不良を理由に断り続けた。色んな意味で暫くノールはお腹いっぱいだ。
 むしろ、まだ怖いのかもしれない。



 そんな俺が、再度ノールと合間見ることになった理由は偶然としか言いようがない。
 たまたまジュノに買い物に来ていた時に、古い友人と出くわした。冒険者になったとは風の噂で知っていたが、連絡を取ることもなく今まで会うこともなかった。むしろお互い意図的に避けていたのかもしれない。
 どうしてたんだ、というごく自然な質問に、ノールに負けて療養してた、なんて冗談めかして答えたら、丁度ノールの爪が競売にないから取りに行くんだけど来るか、なんて誘われた。
 彼もまた遠慮がちで、その誘いは咄嗟に思いついたものなのは間違いないだろう。だけど、俺も突然の再会にどこか感覚が麻痺していたのだと思う。何から何を話せばいいか全く分からないまま、冒険者同士のように俺は爪は全部あげる、という約束でその誘いに乗った。
 準備してくるから女神聖堂の前で待ち合わせ、と意外な場所を指定されたのが今から20分前のこと。遅すぎる友人にどうかしたのかと思ったら不意に名前を呼ばれた。
「カデンツァ」
 視線を向けると、すまなそうに手を振る友人がいた。
「遅かったな」
 そう声を掛けると、友人の隣にいた立派なレリック装束に身を包んだナイトが、まるでこちらを値踏みするようにじろじろと見ながら前に出てきた。
「へぇ、思った通り。近くで見ると華奢で凄い美人」
 指で顎を持ち上げられ、思わず変な声が漏れた。
 美人とか褒め言葉でもなんでもないし、男相手に使う言葉でもない。華奢とか喧嘩売ってるのかと。女神聖堂の前だからか、それとも先ほどまで思い出していたからか、その言葉に嫌悪感だけがつのった。
 背筋に走る悪寒を隠しながら、顎を引いて指を避わす。とにかく失礼なやつだ。
 それよりなんだ、知り合いを貶すつもりはないけれど、自分こそ少しウェイト絞ったらどうなのか。細身で長身というイメージがあるエルヴァーンの癖に、なんだその腹回りは。俺のことを華奢だのなんだの言う前に自分の姿鏡で見ろってんだ。
 記憶の片隅に残っていた下っ腹の出た奴らを思い出して胸くそが悪くなる。
「こいつは昔から華奢で美人だったよ」
 含みのある友人の言葉にひとかけらの悪意を感じてしまい、俺は友人をじっと見つめた。彼はすぐに目を反らすと、行こう、と俺を促した。
「レヴィオ?」
「ごめんな、カデンツァ。こいつらLSメンなんだけどさ、お前と行くって言ったら一緒に行くって聞かなくて」
 こいつら。
 気がつけばナイトの隣にいるのは、つり目のヒューム。出で立ちは白魔道士なのに全然そうは見えないところが凄い。俺はようやくナイトの舐めるような視線を振り払い、一歩下がった。
 俺をそんな目で見るな。
 頭の隅で嫌な音が響いている。これは警鐘だ。
「カデンツァです、よろしく」
 俺の中の何かが、行くなと叫んでいた。だけど、今更行かないなんて出来ない。


 友人も少し困った表情をしていることだけが救いだった。


 

 

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